第5話 協力

「ほ、本当ですか……?」

「陛下……」


 エルゼさんがホッとしたように言い、俺の方を向いて笑顔になった。

 俺はというと、胸を撫で下ろした後どうして信じてくれるのかが気になった。

 もちろん、信じてもらって良いのだ。いや、信じてもらわなくてはならない。


 だけど、自分で言うのもなんだが、俺の話はかなり現実離れしていると思う。

 たとえば、ある日突然俺の家に不審者が忍び込んできて、「気づいたらここにいた。俺が今までいたところはヨーロッパファンタジーな世界で変な化け物もいました」なんて言われても到底信じられない。すぐに通報する。


 「ありがとうございます、陛下。でも、なぜ信じてくださったのですか?こんな話、自分でも突拍子もない話だと思います」


 「ああ、それはな」


 「それは……?」


 ゴクリ、と喉が鳴った気がした。

 俺は自然と手を握り締め、陛下の次の言葉を待った。

 陛下は……。


 「勘だ!」


 高らかにそう叫ぶと、満面の笑みでこちらを見た。


「か、勘、です……か?」

 

 その言葉に、ポカンと大口開けて呟いた。

 まさか、一言で片付けられるとは。

 しばらく陛下のにこやかなスマイルを呆然と見ていたが、ハッと我に帰った。


「いや、いやいやいや、自分で言うのもなんですが、こんな不審者の言うこと、勘で信じちゃっていいんですか? いや、駄目でしょう!」


 俺は不敬にも、陛下に詰め寄るようにまくし立てた。

 まあまあ、とエルゼさんが宥める。

 なんだか対応に慣れている。もしかしたら、陛下の突拍子の無い言動は、いつものことなのかもしれない。

 いや、だけど……。


「も、もっと、もっと他の理由はないんですか!?」


 せめて勘以外の理由がほしい。

 信じてもらって贅沢かもしれないが。


「なんだ」と、陛下は不敵に笑った。


「勘じゃ不服か?私には、君が嘘を言っているようには見えなかった。これまでの経験上、自分の勘は信じていいものだと知っている。それに」

「それに?」


 俺は少々食い気味に聞いた。

 陛下は、「アルトロディアには古い神話があってな」と前置きして、語りだした。


「今やほぼすべての人間に忘れられた、化石のような話だ。その神話の神々は、アルトロディアここではないどこかからこの世界に降臨したのだと言う」

「ここではない、何処か……」


 エルゼさんが、確かめるように繰り返した。どうやら彼女は、その神話を知らないらしい。陛下の話に興味津々だ。

 陛下はそんな彼女の様子を見て微笑まし気に笑うと、続きを語った。


「かの神々の世界では、地面はすべて固められ、馬で引かずとも動く馬車や、鉄の鳥で移動するらしい。君の話にもでてきたな」


 それは、まるで車や飛行機だ。 

 まさか、と脳細胞がひらめく。

 もしかして、俺と同じ?


「君の話を聞いていて、その神話と似通った点があるように感じたのだ、君も、神々と同じようにこの世界に降り立ったのではないか、と」

「でも、あくまでも神話、ですよね?」

 

 その話が事実であるという確証は一切ない。すべて、人間の想像であるかもしれない。

 不安な俺に、陛下はふ、と小さく微笑んだ。


「神話はたしかに神話だが、かといって、すべて虚構というわけでもないだろう。私は、ある程度事実も反映されていると思っている。それに」

「それに?」

「ある意味、君が生き証人のようなものだ。君は神々と同じようにこの世界にやって来た。そうだろう?」


 陛下はそう言うと、先ほどまでかぶっていた仮面を手に取り、それを見つめた。心なしか、どこか縋るような目をしているように感じ、少し気に掛かったが、陛下はすぐに顔を上げると、俺に笑いかけながら言った。


「でもその神話を知っていて、それっぽく嘘を言って、あなたを騙そうとしてるかもしれませんよ」


 俺は、本当に信じてくれたのかまだ少し不安で、こう問いかけた。


「それはありえない」


 陛下はそう強く言い切ると、そのまま強い口調で続けた。


「この神話はほとんど消滅しかけているものだ。知っているものはこの世界中でも30人にも満たないだろう。神話の内容も、ほんのわずかしか残っていない。異なる世界から降り立った神が、世界を災厄から救い、その後も留まって私達を見守ってくれた。せいぜいそれだけだ」


 陛下は、仮面を撫でながら続けた。


「さらに言うなら、ゼーリッシュの花畑に言及したことだ」

「陛下、あの森にそんな花畑があるのですか?」


 エルゼさんが聞く。

 彼女はその存在を全く知らなかったようで、食い気味に尋ねた。

 陛下は重々しく頷き、「お前が知らないのも無理はない」と言った。


「あの場所は王族と、人払いの家法術をかけた一族バルリング家しか知らない場所なんだ。たとえ貴族でも知ることはない。まして、君のような一般市民は」


 陛下は腕を組み、室内をグルグルと歩き始めた。


「もし君の言うように、私を謀ろうとするなら。私なら、花畑の事は言わせない。それだけで、容疑者は片手ほどに限定されてしまう。私自身か、バルリング家の誰か。そんな馬鹿な真似はしないだろう」


 陛下は立ち止まり、いったん言葉を切ると、安心させるように俺に笑いかけた。なんだか説得力のある笑顔だ。


「と、いうわけで、私は君の話を信じる気になった。君も、私を信じてくれないか? この私が、君を信じるということを」

「……はい、信じます。陛下が信じてくださったのに、俺が信じないわけにはいきません。陛下、信じてくださり、ありがとうございます」


 俺はそう言うと、勢いよく頭を下げた。本当にありがたいことだったし、これで少しは安心した。俺は問答無用で逮捕され、牢屋に入れられることはなくなっただろう。心なしか、目が潤んできたような気がする。


「それはそうと、いつまでも「君」じゃ、少し話しづらいな。よし! この私が名前をつけてやろう!」

「名前、ですか」


 確かに、「君」とか「お前」とかで呼ばれると、たまに自分に話しかけられているのかどうか分かりにくいときがある。俺の名前が伝えられない今、その申し出はありがたいものだった。それに、王様に名前をつけてもらうなんて、なかなかない経験だ。


「はい、お願いします」

「では――うん、オスカー、オスカーでいこう! 君の事は今からオスカーと呼ぶことにする。いいな?」

「いい名前ですね、オスカーさん」


 陛下が子供のような笑みでそう言うと、エルゼさんもニコニコしながら同調した。


「はい、ありがとうございます」


 陛下はもう一度ニッと笑うと、「オスカー」と俺に呼びかけた。

 俺は横文字で呼ばれるのが少し照れくさく感じたが――何て言ったって顔は純日本人だ――、返事をした。


「君がこの世界にやって来たのは、きっと何か訳があっての事だと思う。もしかしたら、何かに呼ばれたのかもしれないな」

「呼ばれた、ですか? でも、俺があの水たまりに落ちたのは偶然で」

「偶然なんてものはないぞ。あるのは必然だけだ」


 陛下が目を細める。


「長いアルトロディアの歴史でも、異なる世界からの客人というのは、かの神々と君しかいないだろう。そもそも、世界を越えるという現象自体が、我々の力の及ばない存在の干渉を感じさせる」

「たとえば、神様、とか?」

 

 俺は恐る恐る聞いた。

 よしんばこの世界の神様が俺を呼んだとしても、いったい何のために? 俺に何かさせるつもりなのだろうか。

 陛下は笑って、「そうだな、それもあり得る」と言った。


「何はともあれ、君はきっとこの世界に来た理由があるのだ。それがなんであるかは不明だが」

「でも俺、方法が分かったらすぐに帰りますよ?」

「ああ、もちろんだ。私たちも協力は惜しまない」


 「そうだな?」と陛下はエルゼさんにも同意を求めると、彼女は頼もしい笑顔で「もちろんです!」と言った。

 陛下はその表情に満足気に頷くと、「おっと、もうこんな時間か」と言ってすまなそうな顔になった。


「すまないが、次の予定があるんだ。今日はわざわざ来てもらって悪かったな。私も、城の書庫や古老にあたって調べてみよう」

「あ、じゃあ俺も」


 俺は小さく挙手して、陛下に言った。

 自分の事だし、調べてもらうだけじゃ申し訳ない。


「それはいい提案だ。――しかし残念だが、城の書庫は機密の宝庫でな。専任の司書か王族しか入れないんだ」

「でしたら、私の屋敷の書庫はどうでしょう?」


 エルゼさんが胸の前でポン、と両手を合わせる。


「我らシュトラール家も、建国以来王家に付き従い、シュルトどもを討ち果たしてきた家です。もしかして何か手掛かりとなるものがあるかもしれません」

「うん、それは良いな。オスカー、君はシュトラールの屋敷に逗留し、手掛かりを探してくれ。後日、お互いに成果を見せ合おうではないか。――いいな、エルゼ」

「はい、もちろんです! じゃあ、行きましょうか、オスカーさん」


 二人が俺に笑いかける。

 陛下もエルゼさんも、きっと忙しいだろうに、俺のために力になってくれる。

 その優しさが嬉しくて、俺はこの気持ちが精一杯伝わるように、心を込めて言った。


「――はい、ありがとうございます!」


















 日も暮れ始め、薄暗くなっていく部屋の中、リヒャルトはガラスケースに入れられた、ある仮面を見つめていた。

「それ」は、オスカーと対面したときに、彼自身が身に着けていたものに酷似していたものの、それよりもずっと古く、触れればどこかが壊れてしまいそうなほどだった。


 リヒャルトは「それ」を、完全に日が暮れ、部屋が黒く染まるまで、一人見つめ続けた。


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