第5話 ワグナー村長

 その日、サンドニタウンはいつもより賑やかだった。何でもサンドニタウンが生まれるきっかけとなった、初めての開墾が行われた記念日なんだって。

 開墾記念日という祝日で仕事はほとんどおやすみ。

 村人達は広場や道端に料理を乗せたテーブルを出し、大人はエールを片手に笑顔で祝っている。子供達も料理に集まって、口いっぱいにご馳走を頬張り、友達同士や兄弟で嬉しそうに駆けて騒いでいる。

 シャーロットタウンでも、いろんな祝日があった。そのたびに皆が楽しそうな表情を見せるから、僕は祝日が大好きだった。ここサンドニタウンでも楽しく過ごせるだろう。


 今年は開墾してから五十年目にあたるそうで、いつもの年よりも賑やかになりそうだとブライトンさんが言っていた。

 ということは……ブライトン医院はとても忙しくなるはずなんだ。

 エールの飲み過ぎや食べ過ぎ、はしゃぎすぎての怪我などがシャーロットタウンでも多くなる日が祝日だった。ここサンドニタウンでも同じような日になる予感がするんだよね。


 僕の予感はお昼を過ぎたあたりから当たり、ブライトン医院には患者さんがひっきりなしに訪れることになった。楽しく騒ぐのはいいんだけど、もうちょっと気をつけてくれるといいよね。

 診察室からは、ブライトンさんや奥さんのカナリーさんが患者さんを叱る声がたびたび聞こえる。


 「村長……あなたまで何やってるんですかぁ」

 「いや、面目ない。役場のみんなとつい……」

 「ついじゃないんですよ? 軽い怪我で済んだからいいようなものの……」

 「そんな奥さんまで叱らんでも……」

 「当たり前です。サンドニタウンも大きくなってきたんです。村の基礎を固める今が大事なとき。そんなときに村長が、屋根に上って騒いで落ちたなんて……片腕骨折で済んで良かったですよ」

 

 村長のワグナーさんは、アムールトラ系虎人。人面種でも獣人が村長を務めるのはとても珍しい。

 虎人だからって怖くは無い。獣面種でも怖くは無いんだよ。でも猛獣の印象で怖そうと思われることはあるらしい。確かに虎人は一般的に体力に優れ、腕力も強い。でもワグナーさんは、優れた体力を仕事で活かして、役場の誰よりも働いているんだ。

 とても熱意ある村長さんで僕は尊敬している。


 ワグナーさんはとにかく真面目で勉強熱心な人。隣のシャーロットタウンはもちろん各地を見て回って、良い仕組みを見つけてはサンドニタウンにも導入しようと頑張ってくれてる。お金が足りないと中央の役所へ掛け合ったり、地域の豊かな人から集めて事業を動かしている。

 だから村の人達はワグナーさんを信用しているし、頼りにもしているんだよ。

 そんなワグナーさんだから、怪我なんかして貰ってはみんなが困るよね。ブライトンさんとカナリーさんに叱られるのも当たり前。


 「アレックス。村長はこれからまだ挨拶に回らなきゃいけないところがあるらしい。だから身だしなみを整えてあげて」


 ブライトンさんの治療が終わったんだろうな。左腕に包帯を巻いた村長が、トリミングのために僕たちのところへ来た。


 「トニー、そしてサリエ。怪我跡に注意しながら村長をトリミングしてあげて。ブライトンさんの魔法でほぼ治癒しているとは思うけど、まだ完治はしていない。それは魔法師のトニーには判ってると思う。サリエと協力して綺麗にしてあげてね」


 濃い黄色と黒の縞柄の頭を申し訳なさそうに下げて、大きな身体を縮こまらせて部屋に入ってくるワグナーさん。サリエが、ワグナーさんを連れて洗浄室へ入る。僕等はサリエの後をついていくワグナーさんの凹んだ様子につい笑みがこぼれてしまう。


 「さすがのワグナー村長も、ブライトンさんと奥さんに叱られるとちっちゃくなるんですね」

 「そりゃあね。ブライトンさんとも長い付き合いみたいだしね」


 そう、村長のワグナーさんとブライトンさんはこのサンドニタウンの成長を長く見守ってきたんだ。

 シャーロットタウンと比べると、この村にはまだまだ足りないものがたくさんある。

 仕事も公共施設も足りない。

 それを少しずつ増やし、作り、今のサンドニタウンがある。

 これからもみんなで努力して、サンドニタウンを良い村にしていかなきゃね。


 僕等にできることは多くない。

 でもトリミングに来てくれるお客さんに少しでも快適なひとときと、健康で気持ちよい日々を過ごして貰いたい。気持ちだけでも、村長さんやブライトンさん達に負けてはいられない。


 サリエに薬剤入りシャンプーで洗浄されて、気持ちよさそうに浴槽で目をつぶるワグナーさんの様子に微笑んでしまう。洗浄が終わったら送風室に入り、トニーの魔法で濡れた体毛を乾かし、その後毛艶を出すようブラッシング。


 「トニー、これからどこへ挨拶に行っても村長さんが格好良く見えるよう整えてあげてね? 」


 僕の言葉に、ニッコリと笑顔を見せてトニーはウィンクを返してきた。


 「お任せ下さい。これから祭壇の前で愛を誓うとしても、まったくおかしくないようにしてみせます」


 頼もしい村長さん。

 頼もしい仲間。

 ああ、僕は幸せな環境で生活しているよね。


 「さて、ブライトンさんのところにまだまだ患者さん来るよ。気を引き締めて頑張ろう」

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