第4話 少年の恋

 ブライトン医院の隣には、チョココ医院と同じように託児所があるんだよ。

 木造の平屋で、民家を改造しただけの建物だけどね。

 でも内装には気をつけていて、内壁には厚手の布を幾重にも重ねて貼り付けてあり、子供が頭をぶつけても怪我をしないよう気をつけているんだ。

 

 保育士さんが常時五~六人居て子供達に気をつけている。また、時間に余裕あるお母さんや年長の兄弟が、食事やおやつの準備など手伝ってくれる。

 早朝から開き、迎えに来る家族に合わせて遅くまでやってる。


 この日、二歳児一人を残し、預けられている子供達は全員家族と一緒に帰っていた。

 託児所に残った狐人の子供は、保育士の女性と一緒に笑顔を浮かべて遊んでいる。

 ふと気づくと、託児所の外に子供とは呼べないないけれど、大人とも呼べないくらいの男の子が立っていたんだ。

 僕はちょうど手が空いていたので、声をかけようと近づいたんだ。一般の家庭はそろそろ夕飯の時刻だし、薄暗くなっている。男の子でも大人じゃない以上、もう家に帰るべき時間だと思ったんだよ。


 「どうしたんだい? もう時間遅いけど家に帰らないの? 」


 その子は、アカギツネ系狐人の人面種で、頭髪は赤茶色、首元から白い肌毛がうっすらと見えている。

 若者らしく、毛艶もよくて、ちょっと見では、せいぜいノミ取りくらいしかトリミングの必要は感じられない。背は僕より少し低いけれど、これからまだまだ育ちそうなスリムな青年。


 「あ、あの……」

 「ん? どうしたんだい? 誰かを待ってるの? 」

 

 おどおどしてるわけじゃないんだけど、言いづらそうに僕を上目遣いで遠慮がちに見ている。


 「あの子の……家族が迎えに来るまで、ここで待っていてもいいですか? 」

 

 託児所の方をチラッと見て、保育士さんと遊んでるまだ幼い狐人の子をおずおずと指さした。

 

 「でも、君の家族じゃないんでしょう? 」


 誘拐などの悪さしようと考えてたなら、僕の顔を見たときに逃げているだろう。彼から悪意は感じられないけど、他人が幼児の帰宅を待っているのはおかしいよね。


 「……ええ、あ、はい」

 「じゃあ、どうしたの? 」

 「実は……あの子のお姉さんに用があって……」

 「そうなんだぁ。じゃあ、外で待っていないで中に入りなよ」

 

 僕は彼の背中を押して、託児所の玄関をくぐった。

 託児所の入り口には、預かり受け付けがあって、そこに椅子も置いてある。

 そこなら、子供を迎えにきた家族もすぐ判る。


 僕に言われるがまま、大人しく椅子に座る彼の隣に僕も座る。

 お客が店に入る様子もここからは判るから、余裕があるうちは彼のそばにいようと思うんだ。

 大丈夫だとは思うけど、何かあったら嫌だからね。


 まだ暖かい季節で、玄関の扉を開けっぱなしにしていると、夕方のやや涼しい風があたって心地良い。

 道行く人も帰宅の足を速めているようだった。

 

 「……あの……」


 彼が僕に声をかけた時、女性が慌てて入ってきた。

 

 「遅くなって、すみませーーん」


 その女性は、残っていた子を迎えにきたようで、子供と同じシルバーフォックス系狐人で獣面種。ところどころに黒い毛が混じった銀の体毛が気品ある女性だ。

 彼女は僕の隣の男の子と同じくらいの年齢のように見える。


 「あら? どうしたの? 珍しいところで会うわね」

 「や……やあ、こんばんわ」

 「こんばんわ。で、どうしたの? 」

 「うん、アルバイトの帰りで、妹さんが君が迎えに来るのを待ってるのを見かけて……」

 「あら、ありがとう。じゃあ、またね? 」


 彼女は保育士に連れられてきた妹を抱き上げ、保育士さんと僕に礼をして、そのまま帰路についた。

 彼は彼女に手を振って見送りながら一つため息をついてる。この彼の様子を見て、鈍い僕にでも彼の気持ちは判ったんだ。この子は彼女に恋してるってね。


 「彼女と一緒に帰らなくてもいいのかい? 」

 

 僕をチラッと見て、うなだれて口を開いた。


 「あの様子見れば判るじゃないですか……僕に関心ないって……」

 「嫌われてるようには見えなかったけどなぁ」

 「……でも……」

 「無責任なことは言えない。だから頑張ってとしか言えない」

 「……頑張れば……彼女は僕を好きになってくれるでしょうか? 」

 「先のことを約束することは誰もできないと思うな。でも、頑張らなきゃ君が納得できないんじゃないかな? 」

 「でも、どうすれば……」

 「その答えも誰も知らないんだ。僕に言えるのは、仕事も生活も頑張って、君自身が魅力的になれるように動いたら? ってことだけだよ」

 「……」

 「さ、とにかく今日は帰りなさい。ご家族に心配かけるようなこともしちゃいけないよ? それも頑張ることの一つだよ」

 「あの……いえ、判りました。ありがとうございます」


 彼は立ち上がり、ぺこんと頭を下げて帰って行った。

 自信なさげな彼の後ろ姿を見送り、僕は託児所を出て医院へ戻る。

 会計してるお客様に挨拶し、トニーとサリエが頑張ってる様子に満足しながら奥へ進んだ。

 使用した道具や薬剤を整理している妻イライザに訊いてみる。


 「ねえ? 好きな女の子に振り向いて欲しい男の子は何をしたらいいのかな? 」

 「ふーん、青年の恋の相談相手にでもなったの? 」

 「そうじゃないんだけどさ? 僕はずっと自分に自信がなくて、女の子から好かれるなんて思ったことなかったから考えたこともなかったなあと思ってね」

 「そうね。あなたはでしたからね」

 「……僕のことはいいんだよ……」

 「そうねえ。誰に恋するかなんて、女の子自身にだって判らないんじゃないかしら? 」

 「そっか」


 彼の恋がどうなるか判らないけれど、イライザが僕を気に入ってくれたように、頑張っていれば彼もきっと誰かに愛されるんじゃないかな。それがあのシルバーフォックス系の女性ならいいな。

 

 「恋バナですか? 誰のですか? 」


 僕とイライザの話が聞こえたのか、サリエが興味津々に近寄ってきた。

 彼女もお年頃。仕事に忙しく出会いもなかなか無いから、他人の恋話こいばなで楽しもうというのだろう。 


 「あはは、自分に自信を持てない男の子が綺麗な女性に恋しているようでね。どうしたらその女性に気に入って貰えるんだろうとイライザに訊いてみただけだよ」


 「やっぱり男は自信もって生活してる人の方がいいですよね」と言いながら、サリエも次のお客さんのために準備を手際よく始めている。


 予約していたお客様がいらしたのを見て、ピンと背を伸ばしたトニーと一緒に笑顔で挨拶する。


 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。ご要望があれば何なりとお申し付けください」


 恋する青年の初々しさを思い、僕等も初心を忘れちゃいけないなと気を引き締めたんだ。


 ――――君の恋もうまくいくといいね 

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