第123話 作戦は結局これです

 議論を交わしたのだったが。


「どうしてこうなった……」


 アデクは校庭のまん真ん中で呟いていた。校舎外壁の時計を見ればもうすぐ作戦開始時刻。


「本当に……どうして……こうなった……」


 手元の魔導具と足元に転がる魔導具併用型爆薬に目を落として再びのため息。爆薬は流石治安維持隊の行動力か名前の影響力かといったところで、ほんの半アワで必要量がそろってしまった。


 ここまで言えばわかるだろう。激しい議論だったにもかかわらず最終的に通ってしまったのは隊長の悪魔のような案だと。そして実行犯役に選ばれたのがアデクだったのだと。

 アデクは校舎に目を向ける。その窓を通して見える新入生たちとその担任。彼らの平穏な生活を一瞬だけではあるが混沌に陥れることに、また教師の心にいらぬ負担を強いることに罪悪感を覚えながら、アデクは魔導具のダイヤルを回しセッティングをしていく。そして、全ての準備が整ったところで爆薬から十分な距離をとった。

 彼は校舎の陰になっている場所を見る。そこには副隊長がいて、作戦の指揮をとることになっていた。じゃあ隊長はというとこちらは修練場で待機だ。「実力を見るには俺が一番だろう」との言だが、隊員には「ただ面倒くさいからサボりたいだけなんじゃ」と白い目を向けられていた。


 微妙に時間が余ったので、アデクは校庭に爆薬の詰まった箱が置いてあるという異様な光景をぼんやりと眺める。さて、今回使う魔導具併用型というこの爆薬。アデクは何度も陽動作戦などで使ったことがありどんなものか知っていた。実はその中身はただ木炭の粉と金属粉が混ぜられた物に過ぎない。よって、そのまま着火したところで爆発など起きず、ただゆっくりと燃えていくだけである。そこで、魔導具が出てくるのである。起爆用であるこの魔導具は、とある超低温の液体と、そして混合粉末が発火点に達するだけの熱量を生み出すのである。

 そんなことを思い出していたアデクは手元の魔導具から小さな、本当に小さな音が聞こえたことに気付かなかった。そして、窓から彼を見る、灰髪の生徒にも……




 ベルヴァリア高等学校の入学式後。教室は新入生の新生活への期待からか高揚感に包まれていた。高等学校は大きな都市にそれぞれ一つずつしか設置されていない。だから、初等学校を卒業した彼らは自分の家から一番近くの都市まで出てくるのである。もちろん、それだけのために家族総出で引っ越してくることはまず無い。そのため、彼らは学生寮での暮らしを始めるのである。目新しい街並み、新しい仲間、そして初めて親元を離れての一人暮らし。そんな環境に心躍らせない者などいるだろうか。

 そんな浮かれた教室の中、銀髪碧眼の少女が窓際の席、灰髪の生徒の席へと向かった。


「ねえ、気づいてる?」


「もちろん。校庭のあれだよね」


 グレーの長い髪を揺らしてちらりと目線を向ける先は校庭の中心。そこにある小さな箱とそのそばに佇む少年を見て、その生徒は言う。


「うん、あれは魔導具併用の爆弾だね。あの威力の低いものを使うということは、いたずらかまたは何かの陽動が目的かな。とりあえず、こっちは魔導具を処理しておくよ」


「りょーかい。私は隣の二人に連絡しておくわ。そこの一人はまた寝てるし」


「あいつが起きないってことは危機的状況じゃないってことでしょ。向こうのことはよろしく」


 教室から出て行く少女。その背中を見送った生徒は今度は隣の席へ呼びかける。


「いつも通り、観測は任せたよ」


 声をかけられた亜麻色髪の少女はコクリと頷く。そしてその紅い目を窓の外、箱から少し離れた人影に向けた。


「じゃあ、観測用いくよ」


 そう言うと、灰髪の生徒は開いている窓越しに指差す。校庭の人影が持つ魔導具を。


「どう?」


「……二つぐらい上だと思う」


「了解。効力射いくよ」


 少女は魔導具をじっと見つめる。そして――


「……っ。もう大丈夫」


 少女の声と同時に手をおろした生徒はいたわるように言った。


「ありがとう。毎回負担をかけちゃってごめんね。目は何ともない?」


「……うん」


 少女は首を縦に振る。

 そして二人は微笑み合うと、何事もなかったかのように日常へと戻るのであった。

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