第6話
「睦っ!」
声に張り飛ばされて目が回った。
ウルカさんが転びまろびつ駆け寄ってくる。
「睦、大丈夫か、ごめん、わたし本当に、無事でよかった、ごめん、本当……」
「落ち着いてください」
ごわごわした外套を叩いて宥める。
ウルカさんは今にも泣きだしそうな顔で何度も私を確かめる。
「合流できたみたいでよかった。本当にすまない。ああ、よかった」
マスターが、私とウルカさんをさり気なく引き離した。
「マスター。すまなかった。わたしの不注意だ……」
「まったくだ。勝手なことをしてくれるな」
……マスター、ちょっと怒ってる……?
私が外に行きたいと思っていて、ウルカさんは付き合ってくれただけだ。責められるのは忍びない。
「まあまあ。そんな言い方することないじゃん、なにもなかったんだし」
「お前は黙ってろ」
かちん、ときた。
「黙ってろって……ちょっと、そんな言い方はないんじゃないかな。確かに私も悪かったんだけどさ」
言い募る途中で、猫顔が苛立たしげに引きつった。うるさそうに眉根を寄せる。
「いいから奥に行ってろ。大人の話をしてるんだ」
「いや、私の話でしょ……」
「子どもが口を挟む話じゃない。いいから奥に行け!」
私を馬鹿だと考えているのが透けて見えた。
悲しくて、それ以上に、むくむくと怒りがこみ上げてくる。
「な……なに、その言い方。なにそれ? 子ども扱いしないでよ!」
私の抗弁に、マスターが鼻にしわを寄せた。
「大人なら自分で分別をつけろ」
「分別つけてる! それで失敗しただけじゃん! 一度の失敗も許されないの!?」
大声なんて出し慣れてない。声がきんきんと上滑りする。
「取り返しのつかないことだってある!」
マスターが前のめりに怒鳴った。
「ここはお前の世界じゃない! 知りもしないくせに、勝手なことをするな!!」
あまりに大きな叱声に、前髪が浮いてパサリと落ちた。
「なに、それ」
わんわんと耳鳴りがする。もどかしい遅さで言葉が頭にしみ込んでくる。
お前の世界じゃない?
そうでしょうよ。だから知りたいと思ったのに。
知りもしないくせに?
遠ざけてたのはどっちのほうだ。
私は。
急に、苦いものが鼻の奥をつんと刺した。戸惑い顔のマスターがぼやける。
さっきとは、全然違う。
涙が頬を伝う。頬をこすっても誤魔化せない。
止まんない。
くやしかった。
私はこんなにこの世界が好きなのに。
けっこう馴染めたと、
受け入れてくれてると思ってたのに。
「どうせ、私は……っ! よそ者だよ! ばーかっ!」
これ以上は一秒だって、片思いに耐えられない。
「あ、待って!」
ウルカさんの手をすり抜けてカフェの扉に飛びつく。ドアノッカーを打ちつけた。染み込む音ももどかしくドアノブをひねる。
排ガスの匂いが鼻につく。
「睦っ!」
マスターの声をかき消すために、叩きつけるようにドアを閉ざした。
きーん、と耳の奥が響く。
「はぁっ、はぁっ」
ドアノブをつかんだまま、呼吸が粗く乱れている。
夕焼けの終わった空は暗く、
どうして。
「マスターが悪い。あんなの、自分勝手だ。マスターが」
立っていられず、ドアによりかかったまましゃがみ込んだ。
息がねじ曲がる。落ち着かせようと思っても、体がいうことを聞かない。心も。
「う……うぁ、あ、ふぐ……ふぅう……ッ!」
嗚咽が止まらない。
驚くほど大粒の涙が、自分の目から転がり落ちた。嗚咽でうまく呼吸ができない。顔を覆う。頭が熱くてすごく痛い。
苦しかった。
本当にマスターが悪いなら。
どうして、胸が張り裂けそうに痛むの。
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