第4話
外の空気は乾いていて、少し暑い。
背の高いヤシの並木に挟まれた通りは、木製の建屋や簡易なテントで作った露店が軒を連ねている。人混みで前が見えないくらいの大賑わい。まさにマーケット。
「南国みたいですね」
「砂漠が近いんだ。南国といえば南国かもな」
「へええ」
その程度の地理的なことすら教えてもらっていなかった。
「お嬢ちゃん、見かけない顔だね。観光かい?」
横合いから声をかけられて、飛び上がりそうになった。
ほっかむりをかぶったおばあさんだ。ウサギの耳が垂れている。おばあさんは腕にかけたカゴにニンジンを山ほど刺して、買い物中のようだった。
「人間なんて珍しいね。これ飴ちゃん。どうぞお上がり」
「あ、ありがとうございます」
ころんと飴の包みをもらってしまった。
びっくりしている間に、「楽しんでいってね」とおばあさんは去っていった。
「飴ちゃん」
こっちの世界にもあるのか、飴ちゃん文化……。
ぴりりと両端を引っ張って包みを解き、ぽいっと口に放り込む。
「ウッ! ……まっず……!」
思わずうずくまってしまった。
なんだこれ。ガラスを嚙むような味がする。
「どうした、大丈夫か」
「うるかひゃん、まういぃ」
ウルカさんを見上げて、情けない声を上げる。口を動かすのもつらい。まずい。
ウルカさんは私の手にある包み紙を取り上げて匂いを嗅いだ。
「ああ……これは兎族用だね。人間にはまずいだろう。ぺっしなさい、ぺっ」
「ぺっ」
差し出されたハンカチに飴玉を吐き出す。なんだったのコレ。
ウルカさんは気にするふうもなくハンカチをたたみ、肩をすくめた。
「責めないであげてほしい。味覚の違いを知らなかったんだろう。人間の認知度はとても低いんだ」
「悲しいすれ違いですね……」
「下手に露店のものを買わないようにね」
確かに、お金を出してまずいものを買うなんて寂しい。
でも少し嬉しくなった。人間に慣れてないのは本当かもしれないけど、敵意があるわけじゃない。危ないことなんてないじゃんか。
ウルカさんは微笑んで、市場の先を示す。
「行こう。もう少し先だ」
「はぁい」
機嫌よく歩いて進む。だんだん屋台が減って、建物のお店が増えてきた。
看板だけを出してある普通の家、というものも多い。商品を知らない身としてはちょっと敷居が高い。
集まっている人も、行き会う人同士で挨拶したり立ち話したり、空気感が違う。昔馴染みの地元向け市場なのだろう。なんだか場違いな感じがしてハラハラする。
すれ違った色白のおじいさんが私に目を留めた。
(え……っ)
ぎろっと。睨まれている。
――戦争の相手だからね。
き、きっと人間が珍しいだけだ。私がなにかしたわけじゃないし。
それか、目が悪いだけかもしれない。
おじいさんが人波にまぎれて見えなくなって、ようやく肩の力を抜けた。
「……あれ?」
気づいた。
「ウルカさん?」
いない。
どこにもいない。
ぞくりと不安が背中を舐める。
周囲を男性たちが私を見下ろしてすれ違っていく。
毛むくじゃらの女性たちが、こっそり私をささやいている。
見回した。見慣れない建物ばかりで、場所を示すようなものはなにもない。
ここはどこ。
大勢の人波に揉まれてじりじりと進む。このまま誘導されて、果てしないところまで押し流されそう。
ウルカさんはどこ? 見当たらない。見失う距離じゃないはずなのに。
背中を押されてまた歩く。
このままじゃいけない、と危機感が胸に募る。
でも、どうすれば。どこに行けば。
ぞっとした。
睨まれている。
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