誤解も後悔も

 扉の先、そこには一本の細長い廊下が観葉植物を置いてある突き当たりまで伸びていた。部屋に入る前の横幅から考えるに、この建物は長方形をしているのだろう。

 その長い廊下はさながら国境。そして左右に並ぶ扉の隔たりとなっている。

 扉の上部には見たことは無い文字が一つ一つに書かれており、裕也はそれを数字だと理解が出来た。女神の力によるものなのか、転生により器が過去に行った前世の記憶操作の様はものかは分からない。

 が、この決定的結果を見て確認し、この世界でもどうにか生きていけそうな確信ができた。


 ヒンヤリと冷たい鼠色の石畳を“ペタペタ”歩いていると、男性が扉の前で立ち止まる。


「取り敢えず、二人共中に入ってくれますかな??」

 

 木製の扉を押し開き、少し低く設計してあるのだろう。

 裕也は、少し膝を曲げながら先へと入る。リュシエルは、顔一つ半程の身長差がある為に悠然と部屋に入った。


 物憂げに辺りを見渡せば、書き物をするには充分な木製の机が一つと、向かい合う様に椅子が二つ。どうやら、ここで色々な話をして色々と書き留めるのだろう。

 それを証拠に、つい今しがたまで誰かの調書を取っていたのか机の上には真新しいく乱雑に羽ペンやインクなどが散らばっていた。

 正直、不衛生ではあるが、まあ調書を取る(要するに容疑者相手に気を使う)だけ、故に気を使う必要もないのだろう。が、それでも机の真ん中には一輪の真っ赤な花が彫刻が施された筒状の花瓶に生けてあった。この薄汚さが余計に花に対しての美しさを醸し出し続ける。

 それに、気の持ちようかもしれないが、何処と無く部屋はフルーティな甘い匂いが包んでいる気がした。


「うん、とてもいい香りね。それに綺麗……なんて花、なのかしら??」

 席につく前にリュシエルは花を見ては、まるで何処かのお嬢様のような雰囲気で言った。

 目を瞑り、ユックリと息を吸いこみ、肺へと味わう様に入れてはユックリと吐き出す。


 ──やっぱり、いくらどキツイ事を言う女神でも、女神。女性なだけあるな。


「……い、いや……それは造花なの、で、すが……」


「んなっ!!」


 渋い声の貫禄とは矛盾した男性の表情はとても分かりやすい。

 明らかに年上の彼は、リュシエルの発言に対して嘘をつく事も可能だったであろう。しかし、此処は罪人か否かを知るべく場所。

 それを見極めるべき張本人が嘘をついてはならない。

 だが、それでは目の前に居る少女の夢を壊してしまう。

 悩みに悩んだ末に、出た言葉。言いたくなかった言葉が表情と一致しなかったに違いない。

 目を合わせようとしない男性は、引き攣り笑いを数十秒していた。

 それはもう、分かりやすい作り笑い。


 ただ、その笑い声すらリュシエルには届いていないだろう。

 横目で裕也が見た女神は、口を開いてプルプルと震わし動かない。


 この数時間で知ったリュシエルはプライドが人よりは高い女神だろう。そんな気高い女神が人達の前で思い切り間違えたのだ。

 普通に間違えるならば、まだ顔を赤らめて弁解する余地もあったかもしれない。

 だが、今してしまった行為は例えるならだだっ広い庭園にリュシエルは居る。そして薔薇や百合と言った様々な花が生けている中でドレスを着こなし、鳥籠の様な屋根が、かかった場所で円形上の白い椅子に座り右手にはティーカップを掴みながら口にした様なものだ。しかも、話が分かるお嬢様同士みたいな感じだろうか。


 そりゃあ、『あなた、なかなかセンスあるわね。私、花は好きだし詳しいの』みたいな雰囲気で言えば言葉も出ないだろう。


「──どんまい」

 裕也は、狭い肩をポンと叩いた。


「い、いや。でもこの花は実在するんですよ? ただ、咲く場所が此処では無いんですよねっ。と言うか、ここじゃ育たないんです」


「と、言うと??」


「彼方北の地方に咲く花。そして、そこでしか咲けない花、真っ白い白銀の世界で咲く#結晶花__ルーフス__#。生では見たことないんですがね?? そりゃあーもう、美しさと同時に色々な感情を呼び起こしてくれるらしいですよ」


 良いタイミングだと言わんばかりに男性は盛り上がる。ただ、一番便乗すべき女神はまったく波に乗ろうとはしない。さっきまで恥ずかしそうだった癖して今は冷静だ。

 切り替えの速さに男性は疲れたのか椅子につくなり声のトーンを変えた。


「んじゃあ、まずは話を聞こうか」

 さっきとは違う、力強い声。これがオンオフと言うものなのだろうか。社会人すげぇと感心しつつも裕也は席につき、あとから用意された椅子にリュシエルも座った。


「と、まずは自己紹介からだね。俺は治安自治管理局エウプラーギア支部巡査部長コーバッツ。コーバッツ・エルメロイ。君たちは??」


 ──なんだ? この世界には騎士団なんてものはないのか?


「えっと、俺は友樹祐也。んで、こっちはリュシエルと言います。所で、コーバッツさん。デスゲームお疲れ様でした」


「ん?? デスゲーム?? 何を訳の分からない事を……。それよりも──」


 ****


 それから、小一時間、三人は話を続けた。

 あれは、カリュプススライムによるものということから始まり、最近は魔物がより凶暴化している云々。

 このエウプラーギアは三カ国で出来た大陸ミストフィアの中立に位置する街。

 かつては、魔物ではなく三カ国で永続的に争っていたとの事。だが、ある日を境に現れた魔物に対処すべく争いは中断。

 ただ、中断したとしても互いに命を奪い続けた国同士で手を取り合うのは本当の意味で難しい。だから、国直属の騎士団を他国に遠征させることは無い。

 その代わりにどこにも属さない冒険者達を各国で立ち上げた。彼等はギルドと言う場所でチームを作り、魔王討伐と言う名誉の為に命を張る。

 だが、代わりとして三カ国を行き来できることが許された。その名残が中立に位置する街の延命に繋がっているとの事。


 捕まったと言う始まり方はしたが、そのお陰で得られた情報も大きかった。良くも悪くも、最初に出会った相手が治安自治管理局だと言うのが大きかった。


 二人は、無事、無実釈放。暗く染まった外に出て息ピッタシに背伸びをする。

 そのまま、見上げた月はコーバッツが言っていた様に赤道の関係で薄赤く染まって見えた。それは、日本からでは想像も出来ない色。でも、神秘的だ。


「すげぇ……本当に赤いんだな、月……」

 圧巻され、壮大な月は神々しい。裕也の目は紅月を捉えまま離さない。

「そうね。本当に、赤……そうだ、裕也? 話があるのだけれど」


 一貫してリュシエルも月を見ながらリュシエルは言う。

「ん?? どうした??」


「彼方北に行きましょう。私、あの花を見たいの」


 ワガママなんかじゃない。透き通った声は、本当にお願いをしている。

「なら、暫く情報を集めてから行こう」

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