リュシエルと言う女神

 素足で歩く煉瓦で出来た道。真ん中には端から端まで繋がっているだろう、太い道路がある。そして、そこには車と言う概念無く馬車がひっきりなしに往来していた。


 建物は様々で、木製の建物だったり、煉瓦でできた建物だったり、貴族が住んでそうな大理石で出来た豪勢な建物だったりと裕也の目をクギ付けにした。そして、何より木製の建物と言うのが、大河ドラマなどでよく見る古風な建物によく似ている故に興味と親近感が余計に湧いてならない。

 中世を思わせる世界観にそんな建物があるのだ、妄想は次第に肥大もして行く。

 流石、男性が交友盛んな街と言うだけあるな。と、感心しつつも次に気になるのは、そんな建物に住んでいる種族はどんな者達なのだろう。と言う極ありきたりな疑問だった。

 裕也は、すれ違う者や、馬車にいる者、洗濯を干すもの、辺り構わず乱雑に視点を彼方此方に送り続けた。

「なるほど、これは本当にほんとーに、すげえ」

 どうやら、人種も種族も様々で、すれ違う彼等は獣人らしき者だったり、エルフらしき者だったりと異世界、別世界と尚のこと感じた。

 もう、裕也の興奮は絶好調。

 こんなつまらない疑惑を晴らしてこの世界と触れ合いたい。そんな気持ちでいっぱいだった。

 ラノベやアニメで憧れた世界が目の前にはあるのだ、一度は夢見た者ならば冷静で居られるはずもない。

 にも、関わらず、そんな空気を台無しにするようにリュシエルはただただ溜息を零すのみ。

「お前さ、みろよ? 異世界だよ?? この素晴らしい世界観を見て何も思わないのか??」

 一瞬目を合わせるが、直ぐに逸らし、また溜息。

 そのまま本当につまらなそうに、いや、どこか消えてなくなりそうに儚げに瞳を掠め地面を見ながら目を伏せた。

「はぁ、何か思はないのか?? って、思う訳ないじゃないの……。元々、建物と言う概念の知識を与えたのは神である私達よ?? これに似た建物なんか天界にいくらでもあるわよ……。

 本当、人間って単純よね──」


 ──夢がない女だ。でもなるほど、それはなかなかどうして面白い。


「……初めに言葉ありきって知ってるか??」


「ん? 急に何を言い出すかと思ったらソレ? 人が作った文字並べにしちゃ、面白いわね。あながち間違ってもいないし」


 初めに言葉ありき。言葉とは、神の創作物、神が居るという証明、証拠、証言。

 言葉と言う概念があり、我々は存在している。

 地を地だと理解し、闇を闇だと恐れる。理性を与えられた人間は、神という存在を知る事で、恐れ畏怖し崇拝する。


 故に、世界が違い言葉も違えど共通した意味がそこにはあるのだ……と。


 一からしか知らない人間に、零から一に始まる過程を教えたのが神だとしたのなら、建物や風景に興味を持てないのも仕方が無い。

 リュシエルの歳は分からないが、それでも長い年月のなかで彼女は見慣れたを通り越し見飽きて居るのだと。この、健やかな風も、青い空も、全てが過去に置いてきた感情にあるのではないのかと。

 柄にもなく、リュシエルのことを考えた時。有限ではなく無限を生きるであろう神を考えた時。

 有限を生きる人間、友樹祐也は同情し、思わず切なさがこみ上げた。

 彼女は、何を楽しみに生きているのだろうか。

 もしかしたら、スナック菓子を貪っていたのも全ては新鮮さを求める為だったのだろうか。

「ま、これから楽しく生きていけばいい。人に転生したんだろ? 感じるものもまた、違ってくるんじゃねぇか」

 

 色々なことを考えた出た言葉は、何故だかリュシエルを労るものだった。自分でも、そんな言葉が我先に出てくるなんて思わず、心で笑う。

 ただ、それでも本心に代わりがない為に訂正もすることなく言の葉は舞い続けた。


「な、何よ。急に、ビックリするじゃない」

 少し、反応に困った様子のリュシエル。隣を歩く彼女は一見して態度は変わらない。

 別に、変えてもらいたい、だとか感謝してもらいたいだとかは思ってはいなかった。

 何方かと言えば、今のままで助かったとも言える。変に照れたり、感謝されては、友樹祐也の居場所が悪い。

 故に、後頭部で両手の指を編みながら、

「いんや、ただ思った事を言っただけだよ」


「ふうん?? まあ、確かに、あなたは思った事しか言わないものね。────新しく楽しむ、ね? ふふふ」

 少し黙考した様子を、顎に指を添えて作るリュシエルだが、それ以上何も言うことは無かった。いつもなら『流石、本能に忠実な変態ね』とか言ってきてもおかしくない。故に、それに対しての反抗声明も用意はしていた。

 だが、逆に突っかかってこない事が歯痒くて裕也は何も言えずに壁側を歩くリュシエルに目だけを送る。

 ただ、この時、裕也は女神の薄らと魅せた笑顔に、純粋で、儚げで、揺蕩う綿毛の様に切ない笑顔に魅了さた。そして、それがイケナイものなのではないかと本能が勝手に目を逸らす。


 外面的なことでは無かった。心の底から見えてくるものが、幼いリシャールの外面の内側にある、雪解けの美しくも冷たいリュシエルが見えた……気がしたのだ。

 それは、一度リュシエルをみている故の虚妄かもしれない。それでも本当に、

「綺麗だった」


「は? 何をあなた急に言っているの?? ま、まあ、確かに改めて観ると綺麗……よね!! そうだわ、そう感じるわ!」


 心中を吐露してしまった裕也に便乗するようにリュシエルは言う。指を指し、何を見て綺麗だと言っているのかと思えば、今にも朽ち果て崩れ落ちそうな古びた時計塔だった。

 正直、綺麗だとも思えないしマジマジと見てみたいとも思えないもだ。

 それでもリュシエルは童女の如くにはしゃぐ。

 それが、わざとなのか本心なのか、それは神のみぞ知る。

「──ああ、そうだな。後でもっと近くで観てみよう」


「ふふふ、流石、私女神ね!! 良さを分かるなんて! 良いわ! 特別に一緒に観る事を許すわ! 名誉に思いなさい!!」


 そんな会話をして、少し女神であるリュシエルの内なる部分をしれた気がした裕也達は建物の前で立ち止まる。


 そこは、木製の押しドアで出来た西部劇か何かで出てきそうな建物。

「こちらが、事情聴取をする場所になりますね。どうぞお入りください」


 日も傾き、何処と無く紅く染まりかけたエウプラーギアで裕也とリュシエルは初めのミッションへと足を踏み出す。

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