荷馬車は揺れるどこまでも

「で、だ。俺の、俺達の冒険ってさ? 初っ端から色々な手順を飛ばしてないか??」

 馬車の荷台に向かい合って座る二人。木材で出来た長細い椅子はニスか何かを丁寧に塗られているためか非常に滑りがいい。

 その為に、サイドにまだ一人ずつ座れそうな空間が空いている(要するに片面三人用の座席)故に少しの振動で尻が滑る。裕也とリュシエルはその度に、体制を立て直し座り直していた、訳だが。

 それすら、めんどくなったのか人間が褒め称え、崇め、奉るべき女神は端に寄りかかったまま呆然と力がない表情をしていた。


 虚ろな瞳で、もはや内に秘めた美しい海は乾ききっているだろう、だらし無く三角に空いた口元は締まる気配はない。薄暗い馬車の中がそれらの状態を出し惜しみなく際立たせる。

「まーそうね。それもそーよ、だって人生途中だもの。私達からしたら初めてでも、この世界で生きた器からしたらタダのゲリライベントに過ぎないわ……」


 警察みたいな人から借りたクリーム色の薄い布で肩から露わになっていた体を覆い隠し、体を包み込んでいるリュシエルは“キュッ”と布を掴み覇気はもはやない。


 だが、言われてみたら正論だ。この器のプロローグは既に終わっており、そのプロローグを終えた中身は死んでいた。

 ゲーセンで例えるなら、ボスで殺られた前者が諦めて帰ったのも束の間、後者が百円を入れてコンテニューしたようなもの。

 そんな反則じみた復活。手を抜いたような始まりに優しい訳が無い。

 ただ、友樹祐也・十五歳から言わせれば理不尽でしかない。

 それは、間違いなく女神リュシエルの手違い。喉から出かかった言葉を、言っても意味は無いの喉を鳴らし飲み込む。


 ──ならば。

「もう一度、転移し直すって言うのは出来ないのか??」

 パン一の裕也が言うと、虚ろな瞳でその体を映し、溜息を一つ。まるで『ばかね』と言うような雰囲気。

 一々、鼻につく態度をせねばこの女神は会話もできないのかよ。と、冷静になる為に太ももを強く抓る自傷行為をしつつ、回答を待つ素振りに徹した。

 沈黙が続く中、馬車は“ガリャガリャ”と車輪を軋ませながら進む。ただ、ここまで大きく聞こえるのは馬車が一台じゃないという事。多分、変態露出狂が乗っている馬車だろ。

 その馬車じゃなくて良かったと思いながらリュシエルをみていると、

「出来ないわ……。仮に出来たとしても、行う事は赦されない。それは禁忌よ、下界で存在してはいけない禁忌……ッて、何よ? 何か言いたそうな顔じゃない。何よ? 何か文句ある訳?!」


 いくら、力がなくとも裕也の仕草一つ一つには無い力を振り絞ったように空元気だとしても凛々しく声を穿つ。幼い女性が、ここまで芯のある声を出したのなら、周りは沈黙を余儀なくされたりもするだろう。それ程に感じるギャップ。

 そして一瞬にして点る強い眼差しに、目を合わせると裕也は我慢をすること無く素直に口を開いた。


「──いや、何、秩序を守る神様みたいな事言ってんの??」

 ポカーンと、開いた口から出た本音にリュシエルは睨みつけ、

「め、女神よ!!」

「ふ、肩書きは、だろ?? まったく荘厳たるものも感じないしな」


 鼻で笑った後に、無表情で、力も入れず、平坦な口調で言葉を睨むリュシエルにぶつけた。

 馬鹿にした様に言えば、まだ可愛げがある。だが、無表情、平坦と言うのは言葉を限りなく本音に近づけてくれる。

 これは、裕也が中学の頃に女子生徒から言われた『キモイ』を参照にしたものだ。半笑い気味に言われたり、怒った風に言われていると、心のどこかでまだ言い訳の余地がある。しかし、冷めた目で『むり、きもい』と言われては思考が働く前に#心臓__コア__#を貫かれた気持ちになってしまう。自殺衝動に駆られそうになる言葉の刃は間違いなく《神殺しの槍__グングニル》。

 ──いや、本当。使徒だったら俺死んでるよ。

 そして、その破壊力は正に絶大。


 斜め右に居るリュシエルは、木目の床を“ダン”と踏み鳴らしながら立ち上がると布をしっかり掴んだまま大きい口を開いた。


「い、良いわよ!! そこまで言うなら一人で生きるがいいわ!! どこでも野垂れ死にすればいいのよ!! 私はもう、出ていくから!!」

 ──流石、女神様。お口が悪い!


「あ、あんまり会話には入らないようにしてるんですがね? 今の状況で出てかれたら任意ではなく強制連行と言う形になっちゃうし、罪も──」


 荷台の先にある御者台から声だけが聞こえた。


「──ヒッ!!」

 リュシエルは、肩をすくませて、裕也と目を合わすこと無くユックリとその場に素直に座った。

「──フフ……」

 なんとも哀れな女神。裕也は、歯茎をむき出し馬鹿にするように鼻で笑う。

 それを見たリュシエルは羞恥に顔をリンゴの様に真っ赤にしながら口元を紡ぎつつも睨む。

 言葉には出さずも、見事に敵意だけは作り出した眼力は大したものだ。


 ただ、ここまでで分かったことは冒険途中で命を落とした人に転生。そして、転生し直すと言う行為は禁忌。カリュプススライムにやられたお陰で捕まり、今は街に向かっている。と言う事だ。

「始まりの街を、自分の足じゃなくて偽りの罪でご同行か……」


 項垂れずにはいられない。物理的にも精神的にも頭が痛くなる。裕也は、未だに睨むリュシエルをシカトして目を瞑った。

 ──今考えても、嫌な事しか思い出せない。だから思いつかない。よし、寝よう。


 ****


 それから、三十分程が過ぎ、荷台には眩しい光が射し込んだ。

 寝ていた裕也も瞼の外から感じる赤い眩しさに薄目を開ける。

 しかし、この時、裕也は驚かずには居られなかった。肩から不自然に感じる重みに目だけを送ると、どう言ったわけだかリュシエルが寄り掛かり寝ていた。

 全く意味の分からない状況だが、リュシエルの無駄に気が強い性格を感じない(要するに幼女が表にでまくっている)姿は愛くるしい。

 近くで見たリシャールの頬は桜のように薄みがかり張りがある。艶やかな唇は幼さを思わせない色っぽさを感じる。

 加え、耳元から感じる寝息が裕也の思春期の扉をこじ開けようとし続けた。

 今なら頭を撫でても大丈夫だろうか。と、ユックリと手を宙に浮かしていると、

「さ、着きましたよ。此処がエウプラーギア。交友が盛んな街、エウプラーギア」


 全く空気を読まない男性の声に、リュシエルはユックリと瞼を開き長い欠伸をした。

「ふ、ふあーぁーあにゃ。んあ? もーついたのっ??」


 危ない危ないと、瞬時に浮かした手を膝の上に置く。もし、バレたりしたら何の毒を吐かれるか分かったもんじゃない。

「つか、なんで隣で寝てるの??」


 目を大きく見開き、一気に意識が覚醒したであろうリュシエルは目を逸らして何が恥ずかしいのか、顔を赤くして、

「べ、べべ別に!! 一人で寝るのが不安だったとか……寝てるならバレないかな? とか、思った訳じゃないんだから!! ──そ、そうよ! 天誅よ! 散々私をコケにした罰を与えようと思っただけなんだから!! だからね、私はべ──」


「あー、はいはい。取り敢えず、早く行くぞ。弁解しなくちゃいけねぇんだから。その元気はそこに使ってくれ」


「な、何よ! そんな言い方しなくたって良いじゃない!? なによ!! 待ちなさいよ!! ばか裕也!!」


 二人は、そのまま男性の先導に従い街を歩いた。当然、この時は流石の裕也にもリュシエルと同じ布が渡される。ただ、行き交う人々がしっかりとした服を着こなす中で、二人の格好は明らかに浮いていた。

 寄せて返す波の如く押し寄せる羞恥は二人の足取りを早くさせ続ける。

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