治安維持

 重厚な鎧の重みで、蹴り上げる土は深く削れ。その重い体を突き動かすために振り上げた腕は自然と大振りになり空を掻き。体制は、風の抵抗を少なくする為に前屈みなる。

 次第に勢いに乗り始めた歩幅は広がり、腕の振りも速くなる。

 それは、重い鎧も混じり合い、なお速く加速した。


 ──刹那。

 布が良い具合に溶け悶えるリュシエルの表情は死人に変わった。

 眉を開き、瞳孔を広げ、言葉を無くした様子で呆気に取られる。

 すぐさま、正気を取り戻した様に焦った口調で八重歯をちらつかせた。

「え、ちょ、あなた!? 助けてくれるんじゃないの!? と言うか、馬鹿じゃないの!? 何、ダイブしてんのよ!! あなたと私してスライムの餌食とか笑えないんですけど!!」


 カリュプススライムは、逃さまいと触手を裕也に巻き付けた。

 そして、勢い良く本体へと手繰り寄せる。

 だが、裕也は非常事態に対して非常に落ち着いていた。


 見る見るうちに鎧は溶け始め、パン一になった所で吐き出される。触手で足首を掴み、しならせ投げられた裕也は華麗に着地を出来るわけなく顔面から滑り込みをする。


「──いででで。男には容赦ねぇな!! この変態スライム!!」


 鼻血を手で受け止めながらもハキハキとカリュプススライムに物申す。

 だが、その自信には確信があったからこそなのだ。

 そうだとは知らずに涙目でリュシエルは訴え続ける。

「ねえ!! なんでよ! ちょっと!! なんで、あなただけ拒絶されてるのよ! いくら女性から避けられる人種だとしても、こればかりはあんまりよ!! スライムぐらいには好かれなさいよ!!」


 ──さり気なく毒を吐きやがって!! だが、今回は俺の勝ちだな。はっはっは!! ずっと俺のターンだ!!


 裕也は、“チッチッチ”と舌を鳴らしてリュシエルとカリュプススライムを指さして嘲笑いながら答えた。もう、毒を吐かれた腹いせも入って、それはそれは悪役の様に笑う。


「ククク……クク……ふぁっはっは!! 何を今更言っている? 女神リュシエル!! お前は、さっき自分で言っていた事を忘れたのか?? カリュプススライムが好む食料はなんだって??」


「えっと、それ──はっ!!」


「ぁあ、その通りだ。鎧は鉱物でできており俺は男だ。要するに不要。吐き出されて当然なんだよ」


 パン一で、ジョジョ立ちにシャレ込む中、リュシエルはジタバタと騒ぐ。その度に触手は逃さまいと強くねちっこく絡まっているのか、苦しそうな表情を浮かべる。

 顔を赤らめ、凌辱に抗う反抗的な勝気な瞳。

「く、クソッ! か、下等な生き物のくぜじでぇ……」

 ──エロい!! だが、流石に可哀想だな。いやはや、善人とは悪になりきれない。俺ってやさしすっぎっ……だぜっ。


 裕也は、だが痛いのは嫌だった。鎧だって今はしていない。鳩尾みぞおちなんかに突っ込まれた日には本当に死んじゃう。

 スライムなれど甘く見るなかれ。色が主張しているように確かに奴らは硬かった。角とか本当に硬かった。

 だから裕也は決めていたのだ。寂しく、地に刺さったままの杖に手を翳す。


「あ、あなた。まさか、魔法……を??」


「んな、ばかな」


 裕也は、鎧と言う呪縛から解放され、軽やかに杖の先端を掴みリュシエルに向かって放り投げた。

「あとは自分で何とかしてくれ。俺、痛いのはもう嫌なんだよ」

 力の無い諦めた声。情けないとも言える声にリュシエルは杖をどうにか掴みながらも食らいつく。


「な、情けないわね!! 女性相手に、かっこいい所を見せようとか思わないわけ!?」


 杖を持った途端に、これだ。だが、残念ながらそんな気持ちは裕也には毛頭なかった。相手が相手。リュシエルを守りたいと思える女性とか思えるはずがない。

 裕也は、あまりの馬鹿らしさに鼻で笑った。


「ちょ! 今あなた鼻で笑ったでしょ? 女神は耳がいいのよ! どいつもこいつも私を馬鹿にして!! 良いわよ! 女神としての威厳と恐怖を叩き込んであげる!!」


 目を尖らせ、不敵な笑みを浮かべるリュシエル。どんだけ杖に相乗効果があるのかは知らないが、活き活きとした姿は女神でも賢者でもない。むしろ、武道家や盗賊といった荒くれ家業が似合いそうなぐらいだ。

 裕也は、杖をイソギンチャクにぶっ刺す姿を見てそう思う。そして、魔法に関しての破壊力は知っている為に欠伸をしながら横たわる。

 短い野草が肌をくすぐり、擽ったくもあるが、ヒンヤリとした土の温度や穏やかに流れる雲を見て穏やかな気持ちになる。

 さっきの罵声すら水に流そうと思えてしまう程の気持ちがいい気候に影が一つ出来た。


「あ、あ、あなたね!! 余裕こいて寝てるンじゃないわよ!!」


 そこには、恥じらうように胸部と下腹部を隠すリュシエル。

「おー。おつかれー」

 何事も無かった様に寝転んだまま頭上に居るリュシエルに言う。

 太ももや、腹回り、肩、靴などの部位が溶かされいい感じに素肌が露わになっている。間違いなく健全な青少年には害と見なされかねないマニアックさ。


 ──だが、此処は異世界。グッジョブ、スライム!

 思わず、物理的に親指を突き上げ、ほくそ笑む。

「ぐっ、なんて屈辱……。もう!! 洋服とか何とかならないわけッ!!」


 目を瞑り、足をモジモジさせながらリュシエルが訴える中、聞き覚えのない声が聞こえた。


「あー、君たち?? ちょっと、良いかな??」


 心優しいそうな男性の声に、裕也は起き上がる。

 すると、目の前には少し年のいった男性が一人立っていた。

 見た目は、青い正装・赤い蝶ネクタイ・胸元には金で出来た何かのバッジ・円形上で高さ二十センチはある青い帽子・身長は裕也と大して変わらなそうに見えるが、口元と顎に生えた白髭が貫禄を出していた。

 そんな男性が、少し困った様子で裕也とリュシエルを見つめていた。


 ──ああ、そうか。俺達が、スライムと戦ったのを見て服とかを……。


 裕也は、脳内でイベントを構築。

 左手のひらを、男性に翳して“ふ”と鼻で息を抜き口走る。

「大丈夫です。無事にスラ──」

「いやね、ダメだよ。流石にこんな場所で不純異性交遊は……」


「──は?」


「え? ちょ、この人何を……」

 考えたくは無かったが、考えついた恐ろしい事。それは、裕也とリュシエルが淫らな行為を勤しんでいたと勘違いされると言う事態。


 裸にも近い女神とパン一の裕也。傍から見たら、真昼間の青空の下で何かをしていたと勘違いされてもおかしくはない。寧ろ、勘違いしない方がおかしいのではないだろうか。

 裕也は、焦りまくりの動揺しまくりで視点すら定まらずに翳してた左手のひらを左右高速に揺さぶる。


「いやいやいやいやいや!! 勘違いですよ!! 僕達はスライムと戦って……エロい……じゃなくて凄い粘液に溶かされたんですよ!!」

「そ、そうよ!! それになんで私が下等な人間なんかと関係を持たなくちゃいけないわけ?? 私は女神よ!!」


 もう、唾を撒き散らし必死も必死。リュシエルも激しく同意し、この訪れた難を逃れようとする。


「てか、ちょっとまて、下等??」


「ば、今はそんな事きにしてるんじゃないわよ!!」

 ただ、そんな変わらない会話も男性の溜息で凍りつく。


「あのね……。近頃、多くなってきたから俺達もこうやってパトロールに来てるんだよ。さっきだって、男性が素っ裸だったから連行した所。

 いいかい? 悪いようにはしない。けど、君たちもご同行してくれるよね??」


 ──おい!! この異世界は不純すぎるだろ!! つか、異世界来て死にかけて、変出者扱いとか理不尽だろ……!!


「えっと、はい……わかりました──行こうリュシエル」

 テンションダダ下がり、もう地面しか見ることが出来ない。多分、いくら否定したとしても優しい声をした男性は折れることは無い。

 良く日本で警察二十なんちゃらと言うのをテレビで見ていたが、職務質問を嫌がると余計に食らいつく。

 きっと、この男性もその類なのだろう。と、肩を下ろしながら力なく“トボトボ”と裕也は先導されるままに歩き始めた。

「え、ちょ!! それじゃ、私があなたとの事認めた事になるじゃない!! 嫌よ!! そんなの絶対にいやぁぁ!!」


 方やリュシエルは折れること無くいつまでも否定をし続け人間を馬鹿にし続けた。


 ──容疑が晴れたら絶対にコイツとはおさらば!!

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