絶対反対! 絶対撤退
ワナワナと、こみ上げる怒りを乗せて叫ぶ。耳を塞ぎ、顔を顰める女神の事なんて知った事か具合にだ。
この世界に来て、激しい痛みの他は叫んでばかりな友樹祐也は、喉を枯らせて酒やけをした親父のような声で言った。
「ぞれよりぼ、ごのざぎどーずる??」
すると、耳から手を離したリュシエルは何食わぬ顔で平然と言ってのけた。
「は? 何を言っているの?? 魔王を、神に仇なす大悪魔を倒……違うわね。串刺──違うわ。八つ裂──うーん」
「いや、表現なんかどうでもいいだろ。ま、その事に関しちゃ俺も言いたい」
リュシエルはきっと、裕也が乗り気で便乗してくると思ったのだろう。故に、四つん這いになりながらキラキラと目を輝かせ顔を近づける。
──いや、近い!! つか、女性らしい甘い香りを醸し出すな! ドキドキしちゃうだろ!!
裕也は、顔を赤らめながら目を背ける。
これ以上、見つめていたら自分が本来言うべき意志が思考が鈍る気がしたからだ。
故に、隣に遠慮気味に咲くタンポポの様な綿毛がモフモフしている植物を見つめながら言った。
「──却下で」
「うんうん! だよね!! やっぱり魔──え??」
時が止まるとは、この事を言うのかもしれない。
リュシエルの、リシャールからの茶色い瞳からは精魂が無くなり力がない目の中に裕也は映っていた。
そして、だらしなく開いた口が塞がらない小さい唇はプルプルと小刻みに震えている。
──今にもなく。絶対泣く。すぐ泣くぞ。ほー……っと、危ない危ない。いや、あれは本当に名作であり傑作だったな。
だが、そんな懐かしい記憶は今求めるものじゃない。
今までの事を振り返り、涙に釣られて折れてきた数回を思い出す。案の定、良い結果は見込まれなかった。
故に、今回に関しては頑なに拒むと決意。
「だから、却下で」
「あ、そ、そう? だから、キャッチャーってゆったの??」
──誤魔化し方が、アバウト過ぎんだろこの女神。
「いや、だから却下!」
「え?! ね、ちょっと! 何を言ってるの!?」
リシャールの小さい体をふんだんに使った、四肢で“バタバタ”と近づいてくる。裕也は、絶望に満ちた薄暗い表情と気迫に恐怖を覚えた。そして、後ろへと尻歩きをしたまま後ずさりをする。
──怖い!! 怖い怖い怖い怖い!! なんだよ!! 呪いのビデオとか、タタリ神とかそんな類いなのか? 女神とは偽りの!! やめ、やめろ! 近づくな!!
無駄に、心臓をバクバクとさせリュシエルから逃げる。が、負けじと四つん這いで追いかけながらリュシエルは言う。
「ね、なんで逃げるのよ!? 私は女神よ? 女神から逃げるとかドンだけ背教者なのよ!!」
「ばっ! ふざけろ!! そんな格好で襲い掛かる女神がどこにいんだよ!! こえーよ!! 食われるとか思っちまうだろ!! それに、あれだけの力があるならリュシエルだけで倒せるだろ!!」
すると、ピタリと動きが止まり何かを考えた様子で体制を女の子座りへと変えた。
ブツクサと、何かを独り言の様に喋るリュシエルに裕也は耳をすました。都合よく、この耳はとても良く聞こえる。目も良いのか、眼鏡をしていた死ぬ前よりも良く見える。
フ──と、そんな事を思うと次に気になるのはどんな人物象なのかだ。どうにか見る手段は無いかと辺りを見渡し模索してみるも見当たらない。
「──でも、そうね……。詠唱には多少なりとも時間が必要だし……。その間に攻撃されたら──痛いのは嫌だし……身代わ……ッあ」
──あ、コイツ。絶対に今良からぬ事を思い付いた顔したな。
リュシエルは、表情をコロッと変えて怖いぐらい満遍な笑顔で流暢に言った。
「裕也くん! いいえ、友樹祐也さん? 私には貴方が必要なのです。どうか、私にお力を貸して頂けませんか??」
それは、実に裕也の女神に対する理想像に近い。
健やかな風は甘栗色の髪を“フワフワ”と靡かせる。そして、暖かい太陽の光が両手を前に差し出し手を取り合う仕草をするリュシエルを照らす。
思わず、手を取って祈ってしまいそうな神々しいさに裕也は思い出す。
──あっぶね!! 危うく、クーリングオフが出来ない詐欺の手を掴み捕まる所だったよ!!
「身代わりが、なんだって??」
「……さあ、お願いします友樹祐也さん!」
睨む裕也を気にせずに笑顔を貫き通すリュシエル。
堪らず、頭を掻きつつも毅然とした態度で答えた。
「だから、却下で」
「友樹祐──」
「却下」
「ゆ」
「却下」
「ヒッグ……ねぇ! 何でよ!! 女神の私がここまで頼んでるのに!!」
わんわんと泣きながらリュシエルは言うが、その発言をする前の冒頭は非常に物騒でしかない。
ようやく取り留めた命を無闇に捨てたくはないに決まっている。
だから、裕也は耳、と言うか鼓膜を塞いだ。
もっと具体的に言えば、リュシエルの言葉だけを聞き流す。
「あら、やだ。仲間同士の喧嘩かしらね??」
よって、違う声が、音が鮮明に聞こえる。裕也は、その声の方角に目を向けた。高い木々等は一切生えていない一見して開けた野原。そこにはどれだけの数、人や物が通ったのか禿げた一本の太い道が堂々と線を引く。
裕也達から見てさほど離れていないその場所に荷馬車が“ガラガラ”と音を立てながら進んでいた。
黒く逞しい馬が二匹、鼻息を荒くして引っ張る御者台には複数人が座っており。その彼等が
それもそうだ。裕也は自分自身の格好が分からないが、目の前で泣きじゃくるのは幼い少女。日本に居た時ですら、そんな事があったら皆が見るだろう。
裕也は、だが慰める事はしなかった。何故なら、調子に乗るから。
「それはそうと、此処は弩級が来た場所だろ?? だから、何で村人みたいな奴らが和気あいあいとそんな危険な場所にいるんだよ? 無警戒にも限度があるだろ?」
リュシエルは、半べそをかきながらも答える。
「うぅ……だがら、いっだじゃない。ごごは、ぞんなやづがぐるばしょじゃない……。街のちがぐなんだがら……! 大体の魔物だって人通りが激しい所にはやっでごないわよ」
泣きながらな為に何を言っているが聞き取りにくくはあったが、聞き取れる範囲で答えを導き出してゆく。
──ちょっとまてよ。
「あれ、じゃあ俺たちってのは」
「そうね? 私が考えるに、駆け出し冒険者が街に行く途中に襲われたのね」
「──不運すぎんだろ!! とりあえず、俺は街でノンビリ暮らす!! もう痛いのは嫌だからな!!」
裕也は、重い鎧をガシャりと鳴らし立ち上がると、荷馬車が通った後を追った。
裕也は背を向けている為に見えはしない。が、置いてかれた女神リュシエルは、必死な様子で立ち上がると駆け足で裕也を追った。
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