○ Яegret first love.

「初恋っていつ?」



 誰かが言った質問に場の空気が盛り上がるのと裏腹に、私の気持ちが盛り下がっていくのがわかる。

 抜け落ちそうになる表情を必死で捕まえて、ついさっきまでは自然に浮かべていた笑顔を貼り付ける。

 どうして女の子ってこういう話が好きなんだろう。



 私、幼稚園のとき。小学校の担任の先生が好きだった。みんなはやーい、私なんて中学のときだよ。



 へえ、そうなんだ。わかるわかる。それは遅くない?



 目まぐるしく交わされる会話に、私は溺れないようしがみつくので精一杯。息継ぎすらも許さないような話の流れで、また誰かが私に聞いた。



「初恋っていつだった?」



 えっと。

 そう言ったきり黙る私を他所に、言葉の続きのハードルだけが上がっていく。



 なんか初恋はやそうじゃない?あーわかるー。案外、まだだったりして。

 ねー、黙ってないで教えてよー、私、言ったじゃん。



 ポケットの中で手を握りしめる。

 私はあなたの初恋なんて知りたくなかった。知りたいとさえ思わなかった。勝手に話したのはそっちじゃない。



 言いたいことはたくさんあるけど、そういうのは飲み込んで。

 貼り付けた笑顔で、作った声で。

「まだかな」

 って。



 えー、つまんない。

 ブーイングが聞こえるけど、これでいい。これでいいんだ。

 これがいいんだ。



「ウソはだめだよ。私、初恋の人知ってるよ!」



 突然に割り込んできた彼女が言う。

 そしてみんな、それに飛びつく。

 なにそれ。聞きたい。教えて。

 やめて、なんて言えなかった。言えるわけなかった。

 笑いながら冗談じみて「やめてよぉ」って言うのがやっと。

 ああやだ、もう泣いちゃいたい。



「小学2年生のときだっけ?アイツのこと好きだったんだよ」



 アイツ、と指される男の子。彼はまさか自分がウワサされてるなんて知らないで、笑ってた。

 えー、と飛び出したのはどういう意味の悲鳴なのか、知りなくもなかった。

 なんで?

「なんでだっけ?覚えてないよ」

 なんて誤魔化しも彼女の前じゃ無駄だって知ってた。

「席替えで何回か連続して隣同士だったんだって」

 口々に意外、かわいい、なんて単語が出てくるけれど、ちっとも嬉しくなかった。



「それからね、小4くらいのときにあいつのこと好きだった」



 お願いだから、本当にやめてよ。

 別の男子が指さされ、えー、とかあー、とかいう反応。

「確かね、今は別の学校に通ってんだけど友だちが、あいつに恋する話を書いて。それでだんだんと気になっていって、気付いたら好きになってたんだって」

 さらに盛り上がっていく彼女たちの中に、もう私はいなかった。

 彼女たちの輪の外側で、貼り付けた笑顔を浮かべてた。



「しかもね、中学のとき告白したの!あいつのことが好きってことがね、学年中にバレてて。中学に上がっても同じ学年の人にはほとんどバレちゃって。それで、同じ部活の子が告白作戦決行してね、便箋にね、好きですって書いて、それを部活の子に渡してもらったの。けど、授業中だったせいかみーんなに広まっちゃってさ。その日の給食の準備中にね、何人かがあいつに手紙渡されるの目撃してたの。そこには『タイプじゃないから』って書いてあったんだって!!」



 あーあ、やっぱりバレちゃった。

 笑いながら唇を噛み締める。

 もうやだな、なかったことにしちゃいたい。

 もう私、泣いていいですか?



 タイムマシンがあったら、もしあのときをやり直せるなら。

 そしたら絶対告白とかしなかったし、誰を好きになったか言わなかったし、彼らを好きになんてならなかったのに。



『小さい頃の恋をお遊びだっていうのは、その頃の自分が可哀想』っていうのをテレビか何かで聞いた気がする。

 私、その意見は、とても素敵だと思った。

 それと同時に、必ずしもそうだとは限らないって、そう思ったんだ。



 お遊びだったことにして無くしてしまいたい恋も、きっとある。



 誰かが私の方を見て、唇を尖らせる。

 なんで教えてくれないのよ。



 なんでって、



「だって、何か恥ずいじゃん」



 そんなの、『なかったこと』だからだよ。
















 あなたの初恋はいつですか?











「私?初恋ってまだなんです」

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