○ 故意

 故意だった。

 はずだった。


 のに──。


「どうして……忘れられないんだろうね……」


 泣き笑いを浮かべて、呟く。

 右手の小指には、糸が巻き付いていた。

 その色は……赤。

 この糸が、誰の物と繋がっているのか……今ならわかる。

 何回切っても、消えて無くならないこの糸が、優しく胸を締め付ける。

 ──泣きたくなるほどに。


 いっそのこと、気持ちに素直になってしまえれば、いいのだろう。

 そんなことは、わかりきっている。

 でも、そんなことは出来ない。

 してはいけないんだ。


「もっと早くに、わかっていればなぁ」


 この苦しい気持ちは、想いは、私の罪。


 だから、まだこの想いが……思いが『故意』である内に……


「ごめんね……」


 囁いた声を、零れた滴を、風がそっとさらっていく。


 逆さまの世界の中を、飛ぶ。


 紅い色に包まれた世界は、嗚呼、こんなに綺麗な物だったんだ……。


 小指の糸が切れるのを、滲む視界で、確かに見た。


 その瞬間、更に加速する身体。

 逆さまの空の太陽が、一際強く輝いた。

 気がした。











 故意だった。

 はずだった。


 でも──


 故意じゃ、なかった。

 なくなっていた。


 それは、その感情の名前は──





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