○ 箱庭の夢

 いつの間にか桜は時期を過ぎ、背の高い向日葵ひまわりが咲いていた。

 感情の無い無機質なで、面白くも無さそうに、ちらりと花を一瞥いちべつした少女は、裸足のまま庭に出た。

 そのまま、黄色い花に向かって歩いて行く。

 少女は自分の頭より高い位置にある花に向かって、精一杯、背伸びして手を伸ばす。

 ようやく指先に触れた花弁はなびらを一枚、千切る。

 そのまま部屋に戻り、螺鈿細工らでんざいくの箱に、ついさっき千切った花弁を入れた。

 ふと蓋を閉めようとした手を止め、箱の中を覗き見た。

 そこには、色とりどりの花弁が、幾枚も幾枚も入っていた。

 桜、椿、金木犀、向日葵、卯の花、牡丹、藤……………。

 それは、この庭に咲く花。

「今年は向日葵……………こんなの……要らないのに」

 少女は小さく呟くと、箱の蓋を閉めた。


 ***


 その日、夜遅く。

 中々寝付けないでいた少女は、さわさわと風が草木を揺らすかすかな音に、目を覚ました。

 じっと闇に目を凝らし、耳を澄ませていた少女は、やがて、のろのろと体を起こした。

 ゆっくりと布団から出、襖を開けて、ひさしに出る。後ろ手に襖を閉めて、裸足のまま庭に出た。

 真っ直ぐに向日葵の方へ歩いて行く。

 月も星も無いほどの暗い夜なのに、黄色い花は鮮やかに咲き誇っている。

 無機質な瞳に黄色の花を映しながら、小さく言葉を紡ぐ。

「偽物の庭に咲く花は……………やっぱり……偽物の花なのね………………」

 目を伏せて、首を振った後、きびすを返す。

 と、そのとき────……………


 ふわり


 風に乗って、目の前を何かが横切った。

 それは、小さくて、黄色くて。

 その黄色の欠片を瞳で追って、地面の上に落ちたそれを拾う。

 それは、紛れもなく、庭に咲いている向日葵の花で──………。

 庭に咲く花は、全て偽物のはずなのに。

 花が散るなんてこと無いのに。

 それなのに、花弁が風に舞ったということは……

「…………………本物」

 無機質な瞳が、驚きに彩られ、大きく開いていく。

 そして………………

 小さな欠片を掻き抱いて、少女は顔いっぱいに、笑みを浮かべた。

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