ツバサ=ムーンフェイズの敗北(6/7)


 その戦いの結末は意外な程あっさりと訪れた。


 戦いの趨勢を決めたのは、パイロットの質であった。大石を意思のあるオペレーションシステムとして徹底的にツバサが補助し続けた結果。純粋な機動戦術においてX01がエクスバンガードを凌駕したのだ。


 たとえ速度が同じであっても、いやだからこそ質量の差は無視できない。10倍近い慣性はそのまま機体の機動力に致命的な差として現れる。もしもこれが実戦であったのなら。カウンターが許されるのであれば、あるいはエクスバンガードの耐久性が生かされる場面もあったかもしれない。


 だが、設定された状況がX01に味方した。エクスバンガードとX01の機動戦にまずフルアーマーバンガードが付いていけなくなり脱落し。そして――



「――西村くるみ最上級曹長。これでチェックメイトだ」



 大石の操作で、エクスバンガードに跨ったX01がコンバットナイフをその胸に突きつける。エクスバンガードの装甲は厚いが。X01のパワーならば十分に貫ける。あるいはツバサがエイリアンとしての力を使用すれば。どのように足掻こうが、パイロットを殺さずに無効化出来るだろう。


 この体勢はそういう状況だ。戦闘機械であれば完全に詰み。教本通りの機能停止手順である。



『ええ、そうですね。大石中尉。ツバサ=ムーンフェイズさん。自分では貴方達に勝てませんでした。設定条件がこちらに不利だったなんて言い訳はしません』



 その口調にツバサは違和感を感じた。何かがおかしい。敗北を認めるときは負けたと言うように取り決められていたはずだ。まさかここから更にひっくり返せるだけの何かが、彼女の手札にあるというのか――



は、まだ出ていませんから』



 その言葉に大石とツバサは、更なる抵抗を予想する。あるいは超電磁結界や、重力障壁といった特殊機能を使うのではないかと考え。ツバサは思考の中でカウンターを用意する。詳しい仕組みは分からないが。どんな機能がこのエクスバンガードに組み込まれていようと、それで対応が――


 だから、そのロックオン警報に対する反応が一瞬遅れた。



「なっ!? フルアーマーが!?」



 大石の声でツバサはログを精査する。確かに高橋中尉の撃墜判定は。数百メートル離れた場所から。破損判定の出た装甲をパージして、高橋の駆るバンガードが超電磁突撃砲アサルトレールガンを構えている。



『――っ!』


『ああ、! くるみ!』



 互いに名を呼ぶ二人、気付けばX01の両腕がエクスバンガードに握りしめられている。離脱までに支配出来るかは怪しいが。最後の賭けで、ツバサ=ムーンフェイズはエクスバンガードのシステムに介入しようとして理解する。


 


 本質的に古い航空機のフライバイワイヤに等しい、そもそも介入すべきロジックが物理的過ぎて。エイリアンとしてのナノマシンで侵食するには時間がかかり過ぎる。


 駄目だと思った瞬間、X01の操縦席に警報音が鳴り響く。表示されている結果はX01撃墜、エクスバンガード撃墜、フルアーマーバンガード中破。ぐうの音も出ない程完璧な判定負けである。



「……西村、ちゃん。それはずるい」


『ずるくないです、ムーンフェイズさん。ちゃんと自分達はルールの範囲で一番堅実な戦い方をしただけです』



 通信機を通して意地の張り合い。聞こえてくる声は20代か、それとももっと若いのか。どちらにせよ負けん気の強さが見て取れる。おおかたこの堅実な勝ち筋の他に機動戦で勝利するルートも用意していたのだろう。


 その時は自分ひとりで勝ったのだと誇る気だったのが、何となく理解出来た。


 どこまでも人型機動兵器の操縦という1点において、自信を持っている。その上で彼我の実力差も理解している操縦士に、少しだけの敬意と。沢山の嫉妬を送る。


 なんだ先程のやり取りは、これではまるで自分達をダシにしていちゃつかれたも同じだった。なんなら自分だってもっと大石葵おおいし あおいといちゃつきたいのだ。


 ただ年齢もある。世界もめんどくさい。そして何より、自分がめんどくさい。


 彼らほど素直に、愛を語れるほど。自分は若くも無ければ、真っ直ぐでもない。



『さて、これで模擬戦は終了と。世界最強の機動兵器乗りの称号は、この勝負の視聴者に決めて貰うとして。ツバサ=ムーンフェイズさんに一つ言わせてもらいたい』



 通信機から聞こえてくるのは、確かこの模擬戦を企画した稲葉中佐のものだ。絵にかいたような美青年士官っぷりは、少しだけ誰かを思い出させるが。よくよく見なくとも全然違う。本物はもっとずっと、カッコいい。



『これで分っただろう。僕ら人類は君を



 その言葉にびくりと震える。何度か自分と大石は軍から命を狙われた。それはアメリカだったりあるいは他の国だったり。間違いなく日本国防軍も。だからこの10年間心が休まったのは月に居る時だけ。


 少なくともアルテ=ルナティアスという皇帝は、月面帝国はエイリアンを殺そうとはしなかった。



『その事実をもって宣言しよう。



 だが、それらの思考は続く言葉で吹き飛ばされた。彼が一体何を言っているのかよくわからない。ただ操縦席で大石がため息をついたのは理解できる。するりとツバサはX01の操縦席から染み出して、ちょこんと大石の膝の上に座ることにした。



『たががツバサ=ムーンフェイズラストエイリアンに一方的に虐殺される程、僕らは甘くない』


 成程、ただその事実を伝えたいが為に。わざわざこんな模擬戦を企画したのだ。



『人類は君を怖がっている。何度も強硬な排除論が積み重ねられたよ。けどあえて僕らはそれを選ばない。右手で銃は突きつける。けれど左手は差し出そう。僕らが死に絶えるまで、そんな関係を続けようじゃないか』



 その言葉と共に、X01の左手が解放され。エクスバンガードがそのままその手を差し出してくる。それを握ろうか、握るまいか。ツバサ=ムーンフェイズは悩んだ。


 あまりにもこちらに不用意に切り込んできた彼らに対して、かなり大きな怒りがあるのも事実だ。ここでこの手を取らなければどんな反応をするのかと意地悪めいた気持ちもある。


 数秒程の空白。ぽつりと大石が不器用な人だと通信機に届かない様に呟いた。



「稲葉中佐、一言だけ文句を言っても」


『ああ、構わない。何を言われても。上官侮辱罪は適応しないから安心して欲しい』


「これは俺のものだ。人の嫁を口説くな」



 その意味を精査しようとくるくると頭が回り。次の瞬間ツバサは頬を抑えて大石の膝の上で縮こまる。もう完全に抵抗すら出来ない破壊力に、何もできなくなってしまう。それはツバサ=ムーンフェイズというエイリアンの生き残りに対して。人類史上最も効果的かつとどめを指すに相応しい一撃であった。

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