限界オーバードライブ(5/7)


 ルナリアン戦役後の月面帝国は恐ろしく金回りが良くなっている。それが証拠に今稲葉涼中佐とアルテ皇帝がいる空間は豪華な装飾で彩られたホールであるのだから。


 広さも内装も精々日本国内に存在する小規模な貸しホール程度ではあるが。そもそも場所が月面である。これだけのものを誂えるのにかかった費用は、それこそエクスバンガードの建造費用と等しい。


 無論、ここだけでなく。月のありとあらゆる場所が最低限地球出身の人間がくつろげるように内装が整えられている。アルテ皇帝陛下を含む穏健派ルナリアン達が贅沢を求めたのではない。


 地球という恵まれた環境からやって来たゲストが、最低限体調を崩さないように必要な処置として行われた結果である。



「しかしアルテ皇帝陛下殿、この勝負どちらが勝つと思われますか?」



 今この場にいる人間は、稲葉と皇帝。そして数名のメイド服を着込んだ護衛だけ。一応稲葉も己の護衛を連れ込むことは出来たが、あえてそれを行わなかった。互いにここで相手を殺しても何の意味もない。それを行動で裏付ける為に。


 もっとも皇帝としては護衛だけでなく。身の回りの世話とゲストをもてなす要因として彼女たちを配備しているのだろう。無論万が一稲葉がその気になれば、取り押さえられるレベルの実力者ではあるのだろうが。



「……この戦いの先を読める人間など、この世界に存在するのか?」



 そんな稲葉の思考を知った上で、アルテ皇帝陛下は呆れた顔で返事を返す。公式な場所で纏うドレスではなく。多少の飾りがあるものの、月面帝国の宇宙服を着ているのは彼女なりのラフさのアピールか。実際その程度に稲葉に対しては気楽な面を見せてよいと考えているのか。


 どちらにせよ、構わない。


 傍から見れば、月面皇帝とその程度に気安く接されるという評価は。今月面帝国が行っている月面遺物を積極的に用いた外交を行っている事実と合わせて。稲葉の価値をより大きくするだろう。



「ははは、確かに。彼女たちは間違いなくこの世界における最強ですからねぇ」



 ホール内に設置された大画面に映し出される途切れ途切れの映像は、今まさに行われている模擬戦の光景だ。しかしあまりにもX01とエクスバンガードの規格外な戦闘機動に対し。カメラを担当する操縦士が完全においていかれていた。


 戦場からある程度距離を取って撮影しているというのに。彼女たちはフレームの枠に収まり切れずに月の上を文字通り跳び回る。青いX01が大地すれすれを駆け抜けて、それに対してエクスバンガードが跳躍機動ステップドライブで追いすがる。



「ふぅむ、これは後からある程度編集する必要がありそうですね」


「まぁそれでも、この前作られた映画程に見応えがあるものにはならないだろうな」


「ええ、もうこれは普通の人が楽しめる娯楽の領域にないですから」



 二人西村とツバサと、それを補佐する一人高橋一人大石


 彼らの舞台は既に余人の及ぶところに無く。更なる高みを目指して加速していく。





 ツバサ=ムーンフェイズというエイリアンは自分と似ている。あるいは彼女を乗っ取ったエイリアンが。あるいはエイリアンを乗っ取った彼女が自分と似ているのかもしれない。


 全ての可能性を脳内で並べて精査する。その1点において彼女は自分とても近い。それが彼女が本来持つ素質なのか。それともナノマシンと呼ばれる超常的なシステムによる分析なのかは分からない。


 同じように眼鏡をかけて、同じように機動兵器の操縦に己の存在意義を得て。同じような思考で戦う。ただ自分と彼女が似ているのはそこまでだ。


 選択肢の選び方が違う。いつだって彼女は可能性が一番大きくなる手を選択している。次を読み、その上で賭けに出ず選ばない。ギリギリの所まで彼女は選ばずに進むのだろう。


 今もまた自分の突撃に合わせた高橋の超電磁突撃砲アサルトレールガンによる砲撃を大きな機動で避けた。間合いを取り、カウンターではなくこちらの疲弊を誘っていくスタイル。


 消耗戦になれば勝つのはこちらとばかりに、ツバサ=ムーンフェイズというエイリアンは消極的な戦い方で攻めてくる。


 それがどうしても、気に食わない。


 西村は操縦桿に仕込まれたモード切替用のトルグスイッチを回して、機体の操縦モードを跳躍機動ステップドライブに切り替える。エクスバンガードの足が月面を捉えて文字通り瞬間移動に近い形で跳び回る。



(くっ…… ぁっ!)



 完全に訓練の枠を超えた限界機動。最早リミッターの意味などない。あまりの暴挙に高橋から通信機の向こう側で抗議の声を上げるが。しかしX01青い人型はこちらの意図を組んで加速する。


 西村は眼鏡の下で破顔した。


 ここで相手が勝負に乗ってこなければ、寂しいだけ。こちらの独りよがりで終わってしまう。それでは何のためのコミュニケーションなのか分からない。稲葉中佐の意図を完全に理解しているわけではないが。これは殺し合いではなくとも、本気でやらなければ意味のない類の話。


 そう、何より同じオンナとして。あまりにも彼女の消極的なやり口が気に食わなかったのだ。それでもここまで挑発すれば、乗って来る程度には彼女も自分と同類だったのだろう。



『ああクソっ! もう好きにやりやがれ! っ!』



 通信機から諦めとそして西 という女に対する愛を込めたメッセージが吐き出される。御剣那奈華みつるぎ ななか程美しくもない。レナ=トゥイーニ程女性的な魅力にあふれているわけではない。


 どこにでもいる、ショートカットで眼鏡をかけた、そんな少女だった自分を、高橋という青年はどこまでも支えてくれるのだ。


 だから西村くるみはもう一段ペダルを踏み込んで、更にもう一歩先へと進み。最強の名を懸けて、エイリアン戦争を終結させたエースに対して己の全力を叩き込もうと突き進む。


 得物は2本のロングブレードのみ。だが後ろに高橋が居てくれるのなら。彼女はどこまでも跳ぶことが出来るのだから。

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