愛憎オープンコンバット(4/7)
月面の荒野に、2機と1機、二人と二人が向かい合う。
2機の側は緑色のバンガード。1機の側は青色のX01。
高橋は通信機の感度を確かめる。試合の判定用に高度な処理を行う為に。今回バンガードにも量子通信機が搭載されている。完全にリアルタイムで超越知性とオペレーションシステムをリンクさせることで、ほぼ完璧なシミュレートを可能とする。
詳しい理屈は分からないが、事前の予行演習で120mmの空砲に対し。リアルな衝撃を再現していたことは確かだ。高橋が駆るフルアーマーには一発の実弾も装填されていない。
無論、白兵戦になれば危険性がないわけではないが。それでもある程度。双方の出力を疑似的に調整することで、致死性の衝撃も緩和してくれるとのことだ。ただ事前のブリーフィングでこちらの機能が発動した時点で試合終了と決められている。
死ぬことは無い。少なくとも彼女が本気にならない限り命は保証されている。
大石中尉に関しては、話をして熱くなるタイプで無い事は確認済み。故に問題は彼女という事になる。
「しかしまぁ、バンガードより10年前の旧式機とはいえ…… エイリアンか」
バンガードよりも一回り小さくスマートなボディ。X01、かつての名機フルタカの直系にして失敗作。
単純な機動力ならばエクスバンガードに匹敵し、オプション次第で大気圏内の飛行も可能。けれどそれ故にパイロットにかかる負荷が大きく。また拡張性の低さと、整備性の悪さ。何より運用コストの高さから結局主力機となることは無かった。
だが、戦闘記録を確認した限り、IA-03-Ex-G『ギガンティックバンガード』すら凌駕するスペックを秘めているのは間違いない。単純なパワー、機動力、そしてシステムへの介入性能。
単純な戦闘兵器を超え、戦略兵器に足を踏み入れた怪物。
それは機体の本質ではなく、エイリアンと呼ばれる意思を持ったナノマシンの集合体の力。間違いなくルナティック7を超える文字通りの規格外。リソースが与えられる限り、ありとあらゆることが可能な万能の力。
ならばこちらの戦力はどうかと考えて、横に並んだ西村の機体に目を向ける。
基本的な色合いとパーツこそ高橋の駆るバンガードと同じ、けれど両肩に張り出した
即ちIA-03-Ex-LH『エクスバンガード・ルナティックハイ』
一般的に世界最強の人型機動兵器が何か? と問われて、答えを返せるだけの知識がある人間ならば。半数以上がこの機体を選ぶだろう。それほどまでにこのこの機体と西村が歩いてきた道筋は華々しく輝いている。
そして何より、高橋はその全てを後ろから見つめていた。西村が駆け抜けた幾つかの戦場で共に戦った。肩を並べたとは口は避けても言えなくとも、それは確かで。
そのプライドをもって、再び高橋は西村と共に戦場に立つ。
嫉妬はある。だが、それ以上に支えたいという思いの方がずっと大きい。男としての見得は心の棚に放り投げて。ただその背を後ろから支える為。通信機の向こうから聞こえる稲葉の合図と共に、高橋は機体の操縦モードを
◇
ツバサ=ムーンフェイズという名のエイリアンにとって。この模擬戦は面倒な義務の一つでしかない。データの収集、あるいは酔狂、少なくとも自分を殺すための舞台で無いことだけは確実で。
それこそ1度、戦術核を撃ち込まれそうになった時と比べれば。欠伸が出る程、緩んだ気分で大石の肩に座っている。
稲葉と名乗った中佐が試合開始の号令をかけるが、とりあえずは大石に操縦を任せてアルテ皇帝との会話を思い出す。
彼女との会話はそれなりに楽しかった。20年近く前に発売された、彼女がかつてハマったロボット物戦術シミュレーションゲームについて。あそこまで話せる相手なのは意外だった。
最もどちらかと言えば、ゲーム自体に興味があったというよりは。ツバサ=ムーンフェイズというエイリアンを理解するための一環として嗜んだ。そんな空気を少しだけ察せてしまった。
それでも自分より年若い皇帝陛下が、お気に入りのキャラの名前を挙げられる程度にそのゲームをやり込んでいたことは嬉しく。そしてそこまでプレイしていながら、本質的に理解出来ていなかったのが少しだけ寂しい。
大石がスロットルを踏み込み、対物ライフルモードのシステムウェポンを構えたまま高度を取る。エイリアン戦争以後の機動兵器にはあまり興味はない。けれどそれでもあの強化された2機のバンガードに生半可な火砲が通じない事は理解出来る。
組み換え式の利点を投げ捨て、大口径の弾を装填できるよう調整されたシステムウェポンから120mmの砲弾が速射砲の如く吐き出される。
大石の射撃を補助しつつ、ようやくツバサの意識が戦場に向けられた。
先程まで2機のバンガードが立っていた空間に
赤外線、紫外線、超音波、レーダー波。ありとあらゆる波長から得られたデータを統合しリアルタイムで画面に合成する。単純なソフトウェアの側面において。彼女を超えるモノをまだ人類は手にしていない。
「……葵、それじゃ駄目。もっと距離を詰めなきゃ」
「だが、エクスバンガードの白兵戦闘力は――っ!?」
舞い上がる土煙を貫いてこちらに向かって衝撃が迫る。いや、正確にはこれは月面の奥深くに眠る超越知性が計算したシミュレーションの結果であって。実際に放たれたわけではない。
けれどその映像はツバサの視点から見ても一切の破綻がなく。どこまでが嘘で、どこまでが本当なのか分からなくなる。
反応が遅れた大石に代わって、彼女の操作でX01は急降下し、距離を詰める。
「そっちに気を取られると、フルアーマーが来るから」
「……そうか、そうだな。彼も決して。いや、これは俺の驕りか」
そう、あの2機はどちらも油断できる相手ではない。西村最上級曹長の名前は一線を退いた自分にすら伝わる程であり。そしてその相棒であるフルアーマーの操縦士も当たり前のように強い。
自分が知る一流には及ばない。間違いなく自分が正面から戦えば勝てる。今の大石であってもそれは変わらない。だが――
距離を詰めたX01に対し、土煙のワイヤードクローが放たれる。それをツバサは空いている左手からワイヤーリールを放って迎撃。その間隙をついて、大石がとった回避行動でどうにかチェックメイトを免れる。
先程まで自分たちがいた空間に立つのは赤い瞳の鬼神。サイズでは3.5mのX01の1.5倍といったところか。質量に関しては最早比べるのが馬鹿らしくなる程の差が存在する。その上で速度面でもほぼ互角。
いや、足に装備された跳躍装置を含めれば。月面においては上回るというのだから完全に化け物の領域に足を踏み入れている。
パイロットとしての自分が、少しだけ目覚めるのが理解できる。ここ10年程、まともにツバサは戦っていなかった。
結局のところ自分はルナリアンの理想を理解出来なかったのだと自嘲する。滅びるのなら、綺麗に滅びた方が良い。そう思えてしまう程度に、彼女は人類に対して思い入れがない。むしろ憎んでいると言っても良いほどに。
ああ、だから。
2機のバンガードから向けられる、敵意に近い感情を正面からねじ伏せようと。
それが今この瞬間、もう一度。目覚めた。
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