月面ラブロマンス(3/7)


「ねぇ、高橋。なんでこの模擬戦があるのか知ってる?」


「いや、分からん。だが稲葉中佐の事だから無意味ではない…… 筈だ」



 月面帝国の格納庫に2機並んだのはバンガード。向かって右が西村のエクスバンガード。左が高橋のフルアーマーバンガード。第二次月面降下決戦において文字通り200機に迫る軍勢を、たったの2機で正面から打倒した伝説そのもの。


 冷静に考えれば、あれは一つの狂気であったと思う。200対1の戦場を気負いなく引き受けた自分の行動も。死ぬかもしれないという覚悟はあっても、何もできないまま終わると考えなかった思考も。


 そして何より、そんな半ば人間として破綻した自分の為に。文字通り命を賭けて背中を守り切った高橋も、狂っていたのだろう。


 改めて、隣に立つ高橋に目を向ける。身長は自分よりも少しだけ高い。


 月面帝国の宇宙服を纏った体はそれなりに引き締まっている。パッと見た限りでは普通の体型に見えるが、実際の所ボディビルダーやプロスポーツ選手と比べない限り見劣りすることはない実用的な筋肉の塊だ。


 そして自分はそれて比べてどうかと言われると、どうにも劣っていると言わざるを得ない。天性の対G性能や反応速度、何より戦場での把握能力においては間違いなく自分が上だ。けれど、それでも肉体的に迫られたら間違いなく自分の負けだ。


 純粋なフィジカルにおいて、高橋に太刀打ち出来ない。


 その事実はコンプレックスではないが、ちょっとだけ西村は気にはしている。人間である以上、能力の優劣はどうしてもある。けれど日常で優れた社交性や調整能力を発揮する彼に対して、戦場での能力において上回りたいと思うのは傲慢であろうか?


 もしも自分が彼と同じ体を持っていたら。もっとより遠くに跳べたのだろうか?


 そんなどうでもいい事がくるくると頭の中で回り続ける。



「ったく、また変なことを考えていただろう。西村」



 そして気付けば、高橋の顔が眼前に迫っていた。頬が熱くなるのを感じる。眼鏡の内側で目が泳いでいないか心配になるが。彼の瞳の奥に映る自分を見る限りどうにか普段と同じ様に振る舞えていると分かり安心する。



「気にすんな。いつだってテメェは前だけ見てりゃいいんだ。後ろ位は任せろよ」



 そう笑う高橋に、胸がきゅっと締め付けられた。彼が自分に対してどうしようもないコンプレックスを持っているのは知っている。共に肩を並べて戦うにはどうにも実力が不足しているという残酷な事実を気に病んでいるのだ。


 それは決して、彼が弱い事を意味しない。


 むしろ自分がどうしようもない高みにいるせいなのだと、西村は理解していた。


 だからこそ御剣那奈華みつるぎ ななかは。ただ一度肩を並べて戦う為に、操縦者としての命を捧げたのだから。


 その上で彼は、自分の事を支えてくれると。届かないと知った上でそばに居てくれるのだと。その事実が西村にとっては重く。またとても甘美で心地よい。



「ごめん、いま自分は高橋を――」


「気にすんなって、言ってんだよ。それも含めて」



 こつん、と指先で頭を弾かれ。西村は耐えられなくなって視線を下に向けた。ドキドキと心が跳ねて、どうにも自分が制御出来なくなる。このまま彼ともっと深くまで触れ合いたい。そんな不埒な欲求すら立ち上がって来るのをどうにか抑える。



「まぁ、アレだ。相手はエイリアン戦争の英雄だかなんだか知らんが。20年以上前のロートル。世代的には田村中尉と同じ。その上でどうだ? いけないと思うか?」



 やや相手を貶めた言葉に、ほんの少し西村は眉を顰めるが。それはそれで残酷な、けれど純然たる事実ではある。30前の自分達は経験と体力、その双方において操縦士としての最盛期を迎えている。


 対して大石中尉とエイリアンの少女、ツバサ=ムーンフェイズの年齢は30半ばを過ぎ。どうしても体の衰えが隠せない筈だ。どれだけ鍛えようと、いや同じだけ鍛えたならば間違いなく自分達の方が条件の面で恵まれているのだから。



「いける、と思う」



 最新鋭のタブレット端末に、西村は彼らが駆る機体のデータを表示する。


 X01、通称バツイチ。エイリアン戦争時に生産された人型機動兵器。局地的にはIAの性能を超えた人型戦闘機械。


 だがシンプルに機械としての生産性の低さと、そしてIAの持つ事実上無制限の稼働時間というコストパフォーマンスの差。その二つが致命的な欠点とされ正式に量産されることは無かった悲運の名機。


 前者は兎も角、後者の理屈を並べられて勝てるマシーンはそう存在しない。


 たとえそれが自らの足元で回る星の自転いのちを燃料にしていても、その速度がどんなに精密な機械でも計れぬ程に僅かならば。気にする人間はそう多くない。ただそれだけの話。



「ただ、エイリアンとしての機能を使ってくるんでしょ?」


「ああ、制限はあるがな。ソース次第でルナティック7の再現すら出来るらしい」



 即ちそれはエイリアンの本質。一種のナノマシンとして機能する生命と呼ぶことすら危うくなった知性体の末路。だがそれ故に万能の力を持った存在。


 今回は月面皇帝によって一定のレギュレーションが設けられ。月からエネルギーのリソースが配分されるらしい。細かい内容は不明だが、それでも稲葉中佐の設定したのであれば信じられるし。そもそも模擬戦なのだから、命を賭ける必要もない。


 ああ、けれど―― ルナリアン戦役に参戦する事の無かった幻のエース達。そのうちの一人と戦えるというのは。西村という人間にとって、今ここで世界最強であるという自負を持って生きている自分にとって。


 意味は、ある。


 そしてツバサ=ムーンフェイズという少女と、そして彼女を模した、あるいは乗っ取った、実のところは乗っ取られたエイリアンの事を思う。


 彼女が何なのか、そしてどこに向かうのか。知りたいと西村は願った。

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