帰宅

玄関の時計を見ると、まだ午後3時を回ったところだった。当然叔父夫婦は職場だ。どうやら姉貴はバイトを早上がりして帰って来たらしい。申し訳なさで一層身が縮む。


姉貴は黙っていたが、俺を問い詰めようという気迫で髪が逆立っているようだ。俺は従順に尋問に応じるべく、姉貴に続いてダイニングに向かう。姉貴は黙ったままダイニングテーブルに着いたので、俺も向かいの席に腰を下ろした。


「……で?」


開口一番、姉貴が俺に投げかけたのは疑問文だった。


俺は一生懸命頭を回転させて、その接続助詞が一体何に係っているのか必死に突き止めようと考えた。しかし、心当たりが多すぎて、姉貴がまず初めに何を訊こうとしているのかがわからない。

そのため、俺は苦渋の選択として、質問返しをせざるを得なかった。


「あの、『で?』って、なに……スミマセンッ」


なるべく堂々と振舞おうとしたのだが、姉貴に鋭く睨まれたので、反射的に下手したてに出てしまう。が、姉貴はそれ以上怒鳴ったりはしなかった。

代わりに、テーブルの上のリモコンをとってテレビに向ける。電源が入ると、画面に、屋外でテレビを持つ男性の姿が映った。男性の背後にある建物が見慣れた校舎だとわかって俺は息をのんだ。


『―――こちらが、事件が起こった高校です。今日午前11時ごろ、女性教員が現場を発見し、通報したとのことです。現場となった教室には、教師、生徒合わせて7名が床に倒れている状態でした。病院に搬送後、全員死亡が確認されたとのことです。全員、大きな外傷があるため、殺人の可能性が高いとみて調べが進められています』


「あんた、これ、見たの?」


息をするのも忘れて見入っていたので、話しかけられて我に返った。

そして質問の意味を理解すると、一瞬の間に、様々な考えが全脳を駆け巡った。そして返答を決める前に、言葉が口をついて出た。


「現場は、見てない。遅刻して、後から学校に着いたときには、もう騒ぎになってて、中には入れなかった」


少しでも事件に関りがあると思われれば、面倒なことになりかねない。警察での聴取、そして何を見たのか、何が起こったのか、すべて話さなければならない。ここは、無関係を主張するのが吉と判断する。


自分の発言に齟齬がないか気が気じゃないが、顔色が変われば嘘がすぐばれる。俺は懸命に平静を装った。

姉貴は腕を組み、俺を品定めするように目を細めた。不安になって付け足す。


「なんかあったってのはわかったけど、まさか、殺人なんて思ってなかったから」


なおも姉貴は黙ったまま。もしかして蛇足だったかと焦り始めた時、姉貴がため息をついた。


「なんで連絡返さなかったの」

「ケータイ、充電し忘れてて、電池切れてた」


姉貴は不満そうだったが、それ以上俺を問い詰めはしなかった。代わりに、一つ俺に言いつけた。


「叔父さんたち、補習のことは知らないけど―――」

「わかってる。心配はかけないから」


その返事で、姉貴はようやく気が済んだらしい。階段の方へ顎をしゃくった。釈放の合図。

俺は間違ってもその場から逃げ出すようなことはせず、反省の気持ちが伝わるように、こそこそと部屋に戻った。

部屋に入ってからようやくため息をつき、ベッドに倒れこんだ。


「はあ~……」


吐息とともに、今日遭遇した様々な場面が浮かび上がる。


まったく、今日はなんて日だ。

殺人事件に巻き込まれ、自分も殺されかけたと思ったら、謎の事務所にスカウトされ、オカルトな言説を披露されるという始末。むしろすべて夢だったのではないかと疑わしくなる。


まあそれも、明日事務所に行ってみればわかることだ。


俺は、今日が貴重な夏休みであるということも忘れて、うとうとと眠りについた。


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