国道※※号線

 もうどれだけ歩いたか。ガソリンの切れたバイクを押し、人気のない道を延々と歩き続けている。


 近道だからと、古い国道を帰路に選んだことを、僕は少しだけ後悔した。


 時折遠くに見える街が、夕陽に照らされてキラキラと輝き、また山に隠れて見えなくなる。携帯の電源は既に切れていて、今が何時なのか知る方法はとっくに無くなってしまっている。交差点もない一本道だから、迷うことはないのだが、それでもどこか心細い。


 トンネルを抜けたところでガス欠を起こしてから、うんともすんとも言わなくなってしまった愛車は、いつにも増して重く、そして頼りなく感じる。この道を抜ければすぐに見慣れた街に戻るから、そこでガソリンスタンドに寄って、一休みすればいい。


 曲がりくねった道の端を、僕はただただ歩き続けている。ここから小さなトンネルがいくつかあって、全部抜ければ民家が何軒か見えるはずだ。そこを超えれば、街はすぐそこだ。僕は少しだけ足を速めた。


 緩やかな上り坂、少しきつい下り坂、それらを幾度か繰り返したあと、ぐるっと反対側へ向くカーブがふたつ連なる。愛車で何気なく通る景色も、自分の足で歩いてみると、結構違って見えるものだ。トンネル少し手前に「百景」と書かれた見慣れない標識を見つけたときなんかは、少し得した気分になって、ガス欠したのも悪くなかったなと思えた。


 視界が少し開けて、夕陽色に染まった街が見え、すぐにトンネルに差し掛かる。


 そういえば、さっきまで一台も対向車とすれ違っていないなということに、ふと気づいて立ち止まる。いやいや、国道※※号線は結構古い道じゃないか。最近できた方の道にみんな流れてるんだろうと、一人で納得し、また歩き出す。気になって少しだけ振り返るが、歩いてきた道と木々以外におかしなものはなにもない。


 トンネルを抜けてしばらく進んだところに、錆びついた「百景」の看板を見つける。いつもはバイクで通り過ぎているが、こんなにいくつも見逃しているものだろうか。もうすぐ陽が落ちる頃なのも相まって、心細さがだんだんと出しゃばってくる。


 少しずつ、嫌な想像が染み出してくる。一本道で、迷うことなんてありえないのに、どうしてどこにもたどり着かないのだろう。人気が少ないとはいえ、どうして一台もすれ違わないのだろう。


 夕陽に照らされた街が、遠くの方に見える。


 どうして、少しも近づいた気がしないのだろう。


 緩やかな上り坂、少しきつい下り坂、それらを幾度か繰り返したあと、ぐるっと反対側へ向くカーブがふたつ連なる。そして、


「『百景』の、看板」


 ここは、さっき通り過ぎた場所なのか。いや、たまたまよく似ているだけだ。山道なんてそんなものじゃないか。だが、どうしても不安は拭えない。嫌な想像が、大きな染みを作りはじめる。


 ガス欠になったバイクを、ここに置いていこう。きっと考え過ぎに違いない。さっさと街へ下りて、あとで車でも借りて取りに戻ればいい。そうして、少ない荷物とキーだけを持って、「百景」の看板のそばに愛車を置いて、逃げるようにまた歩き出す。


 手に感じる重みがなくなって、一層の心細さを感じながらトンネルに差し掛かる。足音だけが嫌に響いて聞こえる。夕陽の色に塗られている出口が、赤錆びているようにも見える。


 トンネルを抜けて、しばらく進んだところ。ボロボロになった「百景」の看板を見つける。その側にはバイクはない。いや、看板はまだいくつかあったはずだ。冷や汗を手で拭いながら、国道を歩く。


 緩やかな上り坂、少しきつい下り坂、それらを幾度か繰り返したあと、ぐるっと反対側へ向くカーブがふたつ連なる。そして、


「……ない」


 バイクはない。看板もない。トンネルの手前から見える向こう側の景色は、さっきまでと大きく変わって見える。道が終わったのだ。次が最後のトンネルだ。心底ほっとして、トンネルの中へ入っていく。


 響く足音も、気持ちさっきより軽やかに聞こえる。どこかの店に入って、携帯を充電しよう。それで、友人に車でも借りる約束をして、明日にでもバイクを取りにいこう。ガス欠には気をつけないとなあ。それと、持ち運べる充電器も買っておこう。なんてことを考えつつ苦笑する。


 トンネルを抜けると、灯りの点いていない民家が何軒か見えた。


 車の通る気配はまるでなく、割れたカーブミラーと、動いていない信号機が見えた。


 錆びついたガードレールが、立てかけられた看板と共に道を塞いでいる。


 ガードレールを乗り越え、おそるおそる看板を見る。


 ボロボロに錆びきった看板には、「百景」とだけ書かれていた。

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