ビル街-地下-【?】

 もふもふが階段を下ったので、栞も後に続いた。下り階段の壁には青色に発光する苔が群生していて、間違って階段を踏み外すような事故は起こらなかった。下り階段は長く続いて、やっと終わったかと思ったら、着いたのは地下鉄ではなかった。大きな両開きの扉に、太い支柱に支えられた四角い足場、天井には発光コケが群生していて、今度は下限が全く見えない。


 そこは、あのエレベーターにも似た装置の置かれた、縦長の空間によく似ていた。


 ただ、明確に異なる部分もあった。扉に描かれた人の絵が、先ほど見たものとは全く違っていた。まず性別が変わっていたし、表情も精悍なものから柔和なものになっていて、座っているのも玉座から安楽椅子になっていた。王冠だけが似通っていて、瞳の宝石は色が違った。その瞳が、真っ直ぐこちらを見下ろしているのも、先ほどの絵との明確な相違点だろうか。


 この足場で、今度は下るのだろうかと思っていたら、違った。二人が足場に乗るのと同時に機械の駆動音が鳴り始めたのだが、足場が動く気配は一向にない。代わりに、壁の一面を覆う、あの巨大な両開きの扉が微かに振動し始めた。


 あ、開く。栞が思い至るのと同時に、扉の片側のみが僅かに開いた。ちょうど、人一人ならば通れそうなくらいの隙間が、右と左の扉の合間に出来上がる。

 そして機械音が止まった。


「行くの?」


 尋ねると、もふもふは栞を見上げ、もふっと肯いた。




 二人が足場の縁へ近づくと、壁の一部が九十度跳ね上がり、簡易な橋のようになった。恐る恐るその強度を確かめる栞と、構わずとっとと渡ってしまうもふもふ。向こう側でもふもふに見守られつつ栞も後に続き、二人は扉の向こうへ抜けた。




 扉の先には、扉の大きさに相応しい、大きな通路が伸びていた。通路は基本薄暗く、時折、壁を埋め尽くす透明なパイプたちの中を光の粒子が駆けて行って、その時だけは仄かに明るかった。それは蛍の瞬きか、或いは都会の夜空の星程度の頼りない光源で、それでも目が慣れてくれば何とかなった。慣れるまでは、もふもふが手を引いてくれた。


 壁を走るパイプの中はどうやら透明な液体で満たされているようで、耳を澄ませば、微かに水流の音がしていた。その流れに乗って、白っぽいような、黄色っぽいような輝きを放つ小さな点が、通路の奥からやってきて、どこかへ向かって流れていった。パイプの行き先は壁や天井や床の中で、粒子の光もそれらに呑まれてすぐに消えた。


 二人は次第に増えていく壁のパイプたちの源流の方へひたすら進んだ。やがて、遠くに光が見えだした。暗い闇中の、怪しい藍色の光だ。それはランダムに点灯と滅灯を繰り返して、まるで誘蛾灯のようだ。そうすると二人は蛾のようであり、あそこへ行けば二人とも死んでしまう。そんな想像をして、栞は苦笑いを洩らした。バカみたい。そう思って、誘蛾灯云々を一蹴する。


 通路の果て、藍色の輝きの元へ、二人は辿り着く。そして二人は奇妙な部屋に行き着いた。

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