共同兵器工廠-Ⅱ

 工廠の屋根の上に何があるのだろうかと思っていたら、ごく普通の平坦な通路と、果ての見えない空間と、さっき見納めたばかりの大きな機械の群れがあった。


 栞は螺旋階段を少し戻って下の工廠を見下ろし、また階段を登って上の工廠を見渡した。もふもふは階段を登りきったところで、栞が納得するのを待っている。


 下の工廠もかなりの大きさだったけれど、上の工廠も随分と大きいらしい。栞はもふもふの後について、二層目の工廠をきょろきょろしながら歩いた。所々、床が抜け落ちたりしていて、結構危ない。雨も霧も人の影も顕在で、でも、もふもふはもう攻撃を加えたりしなくなって、栞は安心して通路を歩いた。


 落ち窪んだ通路を避け、時には機械の合間を縫い、二人は霧中の工廠を進んだ。やがて辿り着いたのは、見覚えのある螺旋階段。もふもふはとことこと階段へ駆け寄り、躊躇ためらいなく登り始める。栞は手摺に手をかけて、痛くなってきた脹脛ふくらはぎを何度か叩いた。


 きっとこの階段も高い天井の上まで続いて、更に屋根の上にはまた似たような工廠があるのだろうなと思っていたら、当たった。第三層の工廠に座り込んで、栞は大きく溜息を吐いた。




 代り映えのしない巨大な工廠を、二人はひたすら上へと進んだ。もふもふは正確に階段を探り当て、障害物を回避し、軽々と階段を登った。


「どこまで行くの?」


 足が痛くて限界の近い栞がそんなことを尋ねると、もふもふは尻尾の先を上へ向けて、淡々と栞が追いつくのを待った。あの尻尾が上を指している内は、螺旋階段を登り続けることになるのだろうなと思って、栞は辟易へきえきとした。それでももふもふに着いていかないわけにはいかなかった。残念なことに、栞は帰り道を全く覚えていなかった。




 十何層目かの工廠の螺旋階段を登り終えたとき、辺りの景色が一変した。大きな機械は姿を消し、人一人が通れるくらいの通路と、通路を挟む鉄の柵だけが、霧中の視界一杯、真っ直ぐ伸びている。雨が均等に降りだして、どうやら屋外へ出たらしいことが窺える。正真正銘、栞が居るのは工廠の屋根の上だった。


 もふもふが通路を進む。通路の支柱は赤く錆びた屋根の上に立っている。一歩進む度にきしきしと軋んで、栞は、恐る恐るでもふもふの後を追う。


 どれほど歩いてか、やがて通路を屋根と壁とが覆った。通路のみを風雨から守る小ぶりなもので、通路を進む内に、段々と霧が薄れていった。


 灯りはなかった。時折壁に小さな穴が開いていて、そこから漏れる本当に僅かな光と、掌から伝う壁の硬さだけを頼りに、栞は通路を真っ直ぐ進んだ。雨が屋根や壁を叩く音に紛れて、もふもふの小さな足音が聞こえるのも、凄く心強かった。


 やがて、開けた場所に出た。

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