共同兵器工廠-Ⅰ

 正面の開け放たれた搬入路から、二人は工しょうの中へ入った。雨は止まなかった。止んでいる個所もあった。どうやら、天井がまだらに欠損しているらしかった。所々に水柱が落ちていて、それを避けながら二人は歩いた。霧は晴れなかった。


 工廠というだけあって、辺りには大きな機械が規則正しく並んでいたが、どれもこれも錆び付いて、まともに動きそうにはなかった。かびが生えていたり、キノコが群れていたりもした。そいつらはオレンジやブルーに発光していて、モノトーンの霧に色味を持たせた。もふもふが慎重に発光キノコを避けていたから、栞もそれにならって歩いた。


 工廠の中を歩いていると、時折、影とすれ違った。また、見かけることもあった。彼らは台車を押すような素振りで歩いていたり、真っ黒なフォークリフトを乗りこなしていたり、動いていない機械の前で立ち呆けていたりした。栞は彼らを興味深く観察しつつ、再度もふもふがドロップキックをしないよう、もふもふを抱き上げてから彼らの傍を通り過ぎた。工廠の中の彼らは門柱の前の影と違って、栞とすれ違うたびに僅かばかり頭を下げた。ただ、それ以上のアクションもリアクションもしはしなかった。影の謎は深まるばかりだ。


 広い広い工廠の中を、もふもふの尻尾の指すとおりに歩く。大きな通路の十字路へ行き着く度に、栞はもふもふに意見を仰いだ。もふもふは尻尾をピンと伸ばした。

 やがて、螺旋らせん階段に行き着いた。


 通路の真ん中の、明らかに通行の阻害になりそうなその螺旋階段。もふもふの尻尾は階段を指し、栞は少しの抵抗を感じつつも、螺旋階段の一段目に足をかけた。


 こつん。と音がした。階段を登り始めたところで、栞はもふもふを下に降ろした。もふもふは大半が毛だから軽いが、栞のびしょ濡れの服でふわふわの毛に長く触れるのは、栞の気がなんだか引けた。栞はなるべく腕の中に収めるようにしてもふもふを抱き上げ、濡れた胸元には抱き寄せないようにしていた。そも、抱き上げるのを最低限にしようと努めていた。


 もふもふはテンポよく階段を登った。栞はもふもふの尻尾を眺めながら、ゆっくりと階段を登った。


 何周もくるくると方向を変えて、ずっとずっと高くまで登ると、天井が近づいて少しだけ霧が薄くなったように感じた。とはいっても、見下ろせば濃霧が垂れ込めているし、見上げればすぐ天井がある。螺旋階段は天井の更に上まで伸びて、上階からは階段を伝って白いもやが降りてきている。どうやら、屋根の上にも霧がわだかまっているらしい。


 栞は辺りをくるりと見渡し、この工廠の広さを想像した。天井のない部分からは雨と霧とが降りてきていて、それが幾重にも重なって見えるから、工廠の果ては測り知れない。


 東京ドーム何個分? 栞は思って、でも東京ドームそのものの広さがそもそも想像の向こう側なので、すぐに考えを改めた。小学校よりも広いかな。そんな適当な目測をしつつ、栞は第一層工廠との別れを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る