第48話 置き去りにされて黙っていられるか!

 西風に背を向けると、後ろに続いている使節団員たちの多数の顔が目に入った。蒋師仁は口を半開きにして大きく息を吸う。風上に背を向けているので、土埃が口に入ってくることはなかった。


「全員、一旦その場で止まれ。王正使が、所用でこの場を離れてしまった。なので、戻って来るまでこの場で待機とする。あ、他の通行人の邪魔にならないよう、道の片方の端に寄るように」


 前を歩いていた者が立ち止まれば、後続の者も止まらざるを得ない。それなりに大人数で、馬や駱駝も多数引き連れている集団なので、全員が止まるには少々時間を要した。


 道の端に寄りつつも、顔に渋面を作ったのは劉仁楷だった。顔に付いている要素、眉、目、鼻、口が顔の中央に寄って皺を作る。髭だけが取り残される。


「いやいやいや、それはその、副使どのの決断ですから尊重するのはもちろんではありますが、止まってしまうというのは、いかがなものでしょうか? メイちゃん……じゃなくて、王正使の意向を重視して前に進むのが我々の使命ではないかと自分は思うのですが」


 控えめで丁寧な口調ではあるが、真っ向から蒋師仁の判断を批判していた。


 反論を受けてしまった蒋師仁本人よりももっと、その言葉を聞いて憤りを露わにしたのは、黒い影だった。


「ちょっと待った。言わせてもらっていいですか? えっと、父上、というか、王正使がこの場から離れてしまったんですよ? 王正使は既に一度、長安から天竺までを行って帰って来ている経験者。それに対して我々使節団員たちは主に若者たちばかりで、大唐帝国の外へ出ようということ自体初めての者が大方のはずです。勝手に進むのは控えましょう。王正使が戻るまで待ちましょう」


 普段、その声を聞く機会が滅多に無い黒ずくめの若者、王令敏が強い口調で長い台詞をしゃべった。そのことに蒋師仁も劉仁楷も驚いて、申し合わせてあったわけでもないのに二人とも目を大きく瞠いた。


「なんだよ。賛成意見と反対意見がきっちり出揃ったというわけか……」


 蒋師仁は呆れたようにぼやいたが、この事態に言いようのない違和感を覚えていた。


 黒ずくめの影、王令敏が進行停止に賛成、という立場をとったのは理解できる気がした。


 王令敏は今も頭巾を深く被っていて、顔の表情はもうひとつ窺えない。


 だが、従来は王玄策の後ろにぴったりと寄り添っていた黒い影が、今は置き去りで孤独に佇んでいる。


 すぐに王玄策正使を追いかければ良かったのだろうが、既に機は逸した。となると王令敏にとっては、父親であるという黒髪の美女王玄策が戻って来るのをこの場で待つ以外に無い。


「世話役であるこの私が、使節団全員のことを考えて、前に進むべきだと言っているのですぞ。一人や二人の遅れを待っていては、この先全然旅が進まないことになりますぞ」


 二対一。数としては不利ながら、年長者である劉仁楷は己の意見を枉げようとはしないで、蒋師仁と王令敏を交互に見下ろした。


「一人や二人の遅れ、って、この場合は二人か……」


 より正確に表現すると、劉嘉賓を乗せた驢馬と、追いかけて行った王玄策正使、の二人と一匹が離脱中だ。


「ん? やっぱり何か妙だな。気のせいではないはずだ」


 首を捻る蒋師仁を間に挟むような格好で、劉仁楷と王令敏は静かに睨み合っていた。


「王令敏どの、あなたには、この使節団の中で正使や副使に対して何か意見できるような立場があるのですか?」


「お言葉ですが世話役、その正使が蒋副使に行動を一任しました。そして、その蒋副使が立ち止まって待つと決めたのです。我々はそれを支持して従うのが筋ではありませんか」


 静かではなかった。

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