第49話 世話役は誰の世話をするのか

「ほうほう。そう言うのなら、あなたは王正使や蒋副使の命令、指示には無条件に従うというのですかな。若さで尖っている一方で、とてもそんな物分かりの良い素直な性格とは思えないですが」


「なにを言うのですか、世話役! 人の性格を、そうやって決めつけで断定するのは、いかに世話役が年上とはいえ、大変失礼じゃないでしょうか」


「そうやって、年上の者に対しても遠慮すら無く噛みついているじゃないですか。根拠の無い決めつけで言っているのではありません。事実に基づいた上で断定しているのです。そこのところ勘違いしないように」


「二人とも待て待て待て待て!」


 慌てて、蒋師仁が間に入った。元々、立ち位置としては口論をしている二人の間に存在していたのだが、ここでは口げんかの仲裁ということだ。


「我々は一緒に天竺を目指す仲間なんだから、そんなやたらと喧嘩をするなよ」


 仲間とは言ったものの、言った本人である蒋師仁が、重苦しい気分を背負うことになった。この使節団は、その仲間内での喧嘩、言い争いが多すぎると思えてならない。


 まだ出発して一日、咸陽を出たばかりの地点にまで来ただけでしかないのに。


 この使節団内における喧嘩の多さは、一体全体どういうことだろうか。


 皆、馬や駱駝にいたるまで、自己主張が過度に強いのだろう。無論、遥か彼方の天竺まで行って帰ってこようというのだから、気力胆力に優れた者でなければ到底務まらぬのは当然だ。


「まあ自分も、ついさっき劉嘉賓と丁丁発止とやり合ったばかりだけど……」


 ほぼ独り言であることを蒋師仁は呟いた。その時、先刻から背中にむず痒さを覚えるような違和感に、少し近づいたような気がした。


 そう、劉嘉賓。あの、どうしようもない文士の若者こそが厄介ごとの中心だ。


 そして、劉嘉賓は世話役である劉仁楷の甥である。つまり、身内だ。


 顔が大きい世話役は、人間関係という意味でも顔が広い。使節団員として参加している兵士たちの中にも、劉仁楷の遠い親戚とか知り合いといった手合いも何人も存在するのかもしれない。


 そういった中で、劉嘉賓は続柄について甥であると一言で説明できる近い関係だ。


「それなのに、世話役は、出来の悪い甥が戻ってくるのを待たずに先に行こう、って言っている、よな?」


 蒋師仁の独り言は、自分自身の仮説に対する再度確認であった。


「世話役、他でもないあなたの甥がはぐれてしまったのです。世話役の立場なら、戻ってくるまでここで待つべき、という意見を主張するのが普通じゃないですかね?」


 蒋師仁の問いかけに、劉仁楷は少したじろいだ。蒋師仁より少し身長が高いはずだが、気持ちが縮まってしまった分、身長までも低くなってしまったようにも見えた。


「そ、そりゃ、もちろん身内である甥の劉嘉賓のことは心配です。ですが、そういう私的な、個人的な主張を押し通して、使節団全体という観点を失うわけにはいきません。世話役という立場である以上、自分もまた、使節団の旅が少しでも快適なものになるよう努力する必要があります」


 居住まいを正して背筋を伸ばしたので、元より長身の劉仁楷はさらに背がのびて長安の皇城を囲む御柳の木よりも高くなったかのごとしであった。


 世話役の台詞は、表面上は正しいことを主張しているようだ。だが、上っ面が整っているからこそ、その裏にある真意を意識せずにはいられない。


「世話役、どういうつもりで、そういうことを言っておられるのですか?」


「ですから話は単純です。使節団の長である王正使の意図を我々は汲み取るべきではないか、と言っているのですよ」


 言いながら両腕を大きく横に広げる。世話役の衣服の袖が風にはためく。それは使節団の長という名を冠した錦の御旗だった。

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