第28話 兵士によって得意なことは違うから

「忘れたのかしら。それは長安を出発する前の段階で事前に決めてあったでしょ。兵士によって得意なことは違うから、天幕設営と動物の世話と食材集めと調理、の三つのうちどれが得意か、を尋ねて振り分けたじゃないのよ。天幕設営、と言った者が多めだったから均等になるように調整したでしょ、でしょって、あれ、…………って、あっ、そうだった」


 美貌の王玄策は柳眉を逆立てて、驢馬の鞍上の通事をにらみつけた。鞍上、といっても肝心の鞍は無い。裸の驢馬の背中に跨がっているだけだ。


「そうだった思い出した。自称通事。あなた、正規の参加じゃないから、事前にその三つのどれかに振り分けていないってことよね。振り分けが最初から決まっていることを知らなかったことこそが、あなたが非正規に混入した不純物だという証明になっているわね」


 鋭く事実を指摘されて、劉嘉賓は唇を歪め小声で呻いた。


「その振り分けは、自分には無関係ですから。ほんと、しつこいくらい何度も言うように、自分は通事です。自称じゃなくて本当に通事です。兵士として天竺使節団に加わっているんじゃないのですよ。なんで兵士と一緒になって汗かいて馬や駱駝の世話をしなくちゃいけないのですか」


「へー。馬や駱駝の世話はできないけど、驢馬の世話はできるのかしら? さっきも言ったけど、その驢馬の世話は、他人に迷惑をかけずに自分でやりなさいよ」


「そ、そりゃ、絶影は大事な相棒ですから、当然世話はしますよ。驢馬一頭だけだから、いいんです。荷物運びのためだけの、気性の荒いたくさんの駱駝や、臆病で言うこと聞かない馬たち多数の世話はしたくない、って言っているんです」


 とにかく反抗的な劉嘉賓に対して、王正使側としては言い返す言葉が無いわけではない。


 だが今は、たった一人と口喧嘩をしている場合ではなく、全員に説明をしなくてはならない。


 前回は副使だった王玄策は今回は正使として、天竺へ向かう使節団を率いているのだ。


「話がズレたけど、説明の続きよ。天幕を準備する班は、今回は必要無いとはいっても、今後のことも考えて、きちんと天幕設営の手順を確認しておくように。特に、高地に行くと体が思うように動かなくなるし体調不良になる者も多くなるから、万全じゃない状態でもお互いに手助けして迅速な設営ができるように、よく訓練しておくこと」


 一瞬言葉を切って、王玄策は周囲を見渡す。天幕設営担当の者達だけでなく、他の部門担当の兵士たちにも聞いていてほしかった。その時だった。


「ヒィィィィ~~ホォォォォ~~ヒィィィィ~~ホォォォォ~~!」


 突如として、変に甲高い、息が詰まっているような声が響き渡った。


「うわぁっぁぁぁあぁえあぁえあ!?」


 驢馬の上に跨ったまま驚きの声を挙げて動揺する劉嘉賓ほどではないが、周囲にいた他の者たちも大なり小なり驚いていた。


「なによ、いきなり鳴くなんて、驚くじゃないのよ。偽通事、自分の所有している驢馬くらい、ちゃんと操って、変な所で鳴かないようにしなさいよ!」


「いや王正使、今、偽通事って言いましたよね? 偽って言いましたよね? さっきよりも更に呼称が悪くなっているじゃないですか!」


「細かいことにこだわるわねー! そんなにさっきまでの自称通事という呼称が気に入っていたの?」


「気に入っていません! あくまでも本物の通事ですから。自称という接頭辞を付けるのも困りますし、偽物扱いは最悪です」


 己の主張をしながらも、劉嘉賓は絶影と名付けた驢馬の鬣のあたりを必死に撫でて、驢馬を落ち着かせていた。これで本当に相棒の驢馬を宥めることができているのかどうかは劉嘉賓本人にも分かっていない。


「んもう。また説明が途中になっちゃったじゃないのよ。えーとそれで、どこまで話したかしら?」


 王玄策は小首を傾げながら、副使蒋師仁の方に顔を向けて尋ねた。


 その質問に対する答えよりも、蒋師仁には今の話の件で問いたいことが発生した。

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