第29話 目的をもって行動するべし

「王正使、話の腰を折って申し訳ありませんが、その話、俺は聞いていないのですが。今、初めて聞きました。俺は三つのうち、どこに所属しているのですか?」


 なぜ聞き漏らしてしまったのかは蒋師仁にも分からない。だが、今からでも聞いておけば困らない。


「そりゃ、聞いているはずが無いわね。だって副使には言っていないもの。三つの集団に分かれるのは、あくまでも兵士として参加している者たちです。なのでこの中では、私、蒋師仁副使、劉仁楷世話役、それと私の息子の王令敏、それと成り行きでオマケにくっついて来ちゃった劉嘉賓も、どこにも所属していないから」


「いいんですか、それで」


「いいのよ。この面々は、兵士たちが作業にあたっている時に、周囲の様子に気を配って警戒するのが役目だから。勿論、兵士たちも、ただ与えられた目の前の作業を実施するだけでは駄目で、周囲に注意を払いながら、してもらわないと困るけど」


 驢馬から降りた、というよりは驢馬の背中から滑り落ちたような格好で地面に立った劉嘉賓が、口を差し挟まずにはいられなかった。


「そんな、見張りが必要な場所で野営することになっちゃって、いいんでしょうかね? もっと安全安心な場所を探した方がいいような」


 王玄策は真面目な表情で頷いた。劉嘉賓の言うことは、建前としては間違っていない。


「まだ大唐帝国の領域にいる内はまだいいけど、外国に行くと、なかなかそうも言っていられなくなるのよね。油断していると、恐ろしい野生動物に喉元を食い破られるなんてことになっているかも」


「野生動物って、絶影みたいな驢馬とか馬とかだけじゃないんですか?」


「それだけならいいけど、奥地の方に行くと、熊とか雪豹とかいった獰猛で恐ろしい野生動物も出てくるから。野生動物だけじゃなくて、人間の野盗もどこで出てくるか分からないから。油断禁物よ」


「お、王正使、脅かさないでくださいよ」


「脅しじゃないわよ。現実の注意喚起よ。というか、天竺までの道は、険しいだけでなく命を脅かす危険も多いわけだから、帰りたいなら帰ってもいいから。一人じゃなくて驢馬と一緒だから、長安まで戻れるでしょう?」


 驢馬の絶影の鼻面を撫でながら、無精髭の劉嘉賓は不機嫌な表情をした。


「いや、だから、戻りませんよ。こうして絶影という、足となって歩いてくれる相棒とも巡り会えたわけですし。せっかく叔父さんに世話してもらったんだから、良家の嗜みとして天竺行を成し遂げて経歴に箔を付けるんです!」


 力説した劉嘉賓の言葉を聞いて、王玄策正使は明るい笑顔になった。


「へえー。自称通事にも、この旅に参加する目的ってのが、ちゃんとあったんだぁ。じゃあ、ちゃんと箔を付けるために、使節団のために役に立ってほしいし、使節団の足を引っ張るような迷惑行為は厳に慎んでほしいわね」


「うっ……役に立つのは、これからですよ。旅はまだ始まったばかりで、長安から出てほんの少ししか進んでいないじゃないですか。迷惑行為は最初からしていませんし」


 迷惑行為はしていない、って、それは自覚が無いだけだろう! ……と、心の中だけで蒋師仁が指摘を差し挟む。とにかく劉嘉賓というのは、この使節団の問題人物だ。


「とにかく、話の邪魔をしないでくれるかしら」


「そ、そうだ。全員、王正使の説明をきちんと聞くように」


 副使らしく、毅然とした態度と明朗な声で蒋師仁は周囲に静聴を促した。


 実のところ、今回に限っては、王正使の話を遮ってしまったのは蒋師仁だったが、大体の場合は劉嘉賓が騒動を起こし始めるので、そこに問題の源流があると言えばいいのだと分かり始めている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る