第27話 どう三分割するのか?
「あのー。さっきから黙っていたら、王正使も蒋副使も、自称通事って呼び方、やめてくれませんかね。今はまだ唐国内を旅しているわけですから、問題なく言葉が通じるからいいですけど、外国に行ったら、自分の語学力が役に立つ時が必ず来ますから。その時に、王正使も蒋副使も、必ず通事の有用性を認めて感謝しますから!」
いかに一日目の旅の徒歩で疲れ果てたといっても、あくまでも、己の能力に対する自信を失わない劉嘉賓である。
「いやぁ、それどころか、王正使も蒋副使も、羨ましいんじゃないですか? 自分はこうして人徳によって驢馬に懐かれて、明日からは驢馬に乗って旅することができますが、この使節団の他の人員は明日からも徒歩ですよね? そんなに多く野生動物があちこちにいるというなら、大規模な捕獲を実施してもいいんじゃないですかね」
驢馬に跨ったまま、劉嘉賓は偉そうに腕組みし、王玄策と蒋師仁を上から睥睨した。
無精髭の劉嘉賓は、少しにやけた表情だった。
見る者の心境を不快にさせるにやけ方だった。
だから、それを見た蒋師仁は素直に不快になった。目を三角形にしていからせた。
どうも劉嘉賓という人物は、何かと使節団の足を引っ張ったり騒ぎを起こしたりと、問題が多いようだ。どうしてそんな人物が使節団に兵士として参加しているのか疑問だ、と思っていたが、王正使の意図によらず非正規に混入していたらしい。
そんな劉嘉賓、成り行きで年老いた驢馬を手に入れて得意になっている。だがそれは本当に成り行きであり、劉嘉賓の努力や実力や成果によるものではない。
「そう簡単に言うけど、今でさえ、人間の倍の数の馬と駱駝を連れているのよ。突厥のような北方騎馬民族ならば、そういった動物の扱いにも慣れているだろうけど、我々はそうはいかないのよね。ましてや、訓練を受けていない野生動物を抱え込んでも面倒なだけなのよ」
心の中だけで劉嘉賓への苛立ちを卒塔婆のように募らせている蒋師仁とは違って、王玄策は冷静な口調で、劉嘉賓の思いつき発言の問題点を指摘した。
「なんだ、せっかく名案だと思ったのに。まあいいや。使節団で一人だけ驢馬に乗れる特権を遠慮無く享受すればいいってことですよね」
「はいはい。そう思っていればいいわよ。驢馬については、自称通事が面倒を見る、ってことでいいでしょう。でも、その自称通事については、誰が面倒を見ればいいのかしら。使節団全体の長である私でも、やっていられないわね」
正使から、かなり冷たい言葉を投げつけられた劉嘉賓であるが、驢馬の背に乗って気が大きくなっているせいか、どこ吹く風というていで、尊大なにやけ顔のままだった。
「こっちは、劉嘉賓一人にかかずらっている場合ではないわ。本来するべきだったことをしなくっちゃ」
周囲を見渡しながら王玄策が、縦長に広がった使節団の全員に聞こえるような大きな声を出した。
「アホな馬とバカな駱駝が喧嘩するといった突発の騒動があって、そちらについ気を取られてしまっていたが、当初の予定通り、これからの行動について説明する! よく聞くように。私の声が聞こえない、という者はいないわね?」
兵士たちはその場に立ったまま、少し前に詰めて、王玄策の方を注視する。
「本日だけではなく、今後基本的にずっとそうだが、夕方になって一日の行程が終わって野営の準備をする、という時には、大きく三つの集団に分かれてもらう。一つは、天幕を張って寝場所を確保する者たち。本日の場合は宿舎を用意してあるので、天幕は必要無いが、今後は必要になるので手順の確認はしっかりするように」
「あれっ、王正使、その三つの集団に分かれるっていいますけど、どうやって分けるんですか?」
正使の説明中に口を挟んできたのは、外国の言葉に通暁した自称通事の劉嘉賓だった。現在も驢馬の絶影に乗ったままである。
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