第18話 二人一組になることを求められた黒髪の美女は、諸々の事情はすっ飛ばして、父親になってみました

 他人のハゲ頭のようなもので、あまりマジマジと直視してはいけないような感じがする。そのため、蒋師仁は、こっそりと盗み見るようにして、王玄策のいる方をうかがった。


 王玄策は蒋師仁のすぐ近くに相変わらず立っていた。緑の雲漢ともいうべき長い黒髪は微風に軽く靡いて細波を描いているものの、背筋を伸ばした凛とした姿は揺るがない。


 その隣には、あの謎の黒ずくめの若者が影のようにぴったりと寄り添って、王玄策とは手を繋いで立っていた。


 いや、あの黒ずくめ男、名前を王令敏といっていなかったか。そう聞いたような気がする。


 姓が王。ならば、王玄策正使の親戚筋、と考えるのが自然だろうか。


 先刻、長身の世話役の劉仁楷と、無精髭の自称通事の劉嘉賓が親戚同士、叔父と甥の関係だということが判明した。


 それと同様で、王玄策と王令敏は身内なのだろう。年齢的に考えると姉と弟あたりが妥当な線だろうか。蒋師仁は胸の内側で自らの混乱する思考をそのように強引に納得させた。


「ところで父上、これって、いつまで手を繋いでいなくちゃいけないんでしょうかね」


「さあ。全員、二人一組になって、宿舎の部屋で一緒に泊まる相手も決まったようだから、もう離してもいいんじゃないかしら」


 王玄策がそう言ったので、王玄策と王令敏は繋いでいた手を離した。手は離したが、すぐ側に寄り添って立っていることに変わりは無い。


 それはそうと、蒋師仁の耳は、聞き捨てならない問題の台詞をしっかり拾って聞き漏らさなかった。


 父上、と言った。


 謎の黒ずくめの若者、王令敏が。


 王玄策正使に対して。


 姉上、と言ったのではない。父上だ。よりによって父上だ。


 これは、どういう事態なのだろうか?


 王玄策に対して黒ずくめ王令敏が影のように寄り添って離れないことについては、二人が身内同士で最初から知り合いだった、ということで、有る程度説明はついただろう。その部分については、蒋師仁も、事実関係が繋がったと呑み込んでいる。賀守一の眉のように一本に繋がったのだ。


 だが、その関係が姉と弟ではなかった。


 王玄策のことを父上と呼んだということは、王令敏が息子ということになるのだろう。


 その関係は、いくらなんでもあり得ないだろう。


 王玄策と王令敏では、年齢にそれほど差があるとは思えない。せいぜい姉と弟という程度だろう。二つか三つか、といったあたりの年齢差だろう。これだけの年齢差で親子と言われても、誰も納得しない。


 ましてや、王玄策は女だ。母というならまだしも、父上というのはいかなる理屈によるものなのだろうか? 悪い妖怪にでも誑かされているのだろうか?


 蒋師仁は混乱した。きちんと順序立てした思考に基づく筋道が、目の前のふざけた現実に幻惑されて盤根錯節ぶりを極めている。強く握りしめた己の拳は、指の関節が悲鳴を挙げそうになっている。しかし蒋師仁は、使節団の副使として大きく構えていなければならない。


 本当は蒋師仁の内面は、侯景が暴れたかのようにすっちゃかめっちゃかに掻き乱されている。侯景というのは、隋によって統一される以前の南北朝時代に南朝も北朝も散々引っ掻き回した、宇宙大将軍という大層な肩書きを持った暴れん坊のことだ。


 端正な髭をたたえた蒋師仁の顔は、わずかに朱を添えただけで、まるで何事も無いかのごとく静かに落ち着いていた。あたかもそれは、かの名書家である欧陽詢が碑文に書いた文字のように、一分の隙も無く整っている。だが……


「……この使節団のこと、知っていけば、理解できると思っていた」


 小さく、呟く。唇から漏れてしまった、思ったままを言ってしまった言葉だった。


 長安を出発する前から思っていたことだが、ここに来て改めて蒋師仁は思う。


 この使節団は変だ。

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