第17話 曇摩蜜多の眉

「二人一組だってさ」「じゃあ、俺とお前で組むか」「兄さんと組むってことでいいのかな」


 老人の言葉は聞き取りにくかったが、伝言で使節団員たちに伝わって行った。そうなると、行動は迅速だった。


 使節団員として参加しているのは、ただの兵士ではない。天竺方面の国々との外交関係で役割を果たしてきた家系の者達だ。


 だから、全くの見ず知らずの他人というわけではなく、父と息子で、叔父と甥で、兄と弟で、などなど、その家系の身内の者が複数参加しているという場合が多い。


 むしろ、一番出遅れてしまったのは蒋師仁だった。


 蒋師仁の家系もまた、西方諸国との外交関係で実績があったため、天竺の言葉を代々学んできていた。しかし、今回の修好使節団に参加しているのは、家系の中では蒋師仁一人だけであった。


 それに、二人一組、と聞いた瞬間に、蒋師仁は問題があることに気付いてしまった。


 二人一組で同じ部屋に泊まるということらしい。ならば、女である王正使は、誰と組むというのであろうか?


 使節団の中で女は王正使一人だけだ。まさか、男と女が宿舎の同じ部屋で一夜を過ごす、というわけにもいくまい。王正使が既に結婚していて夫と共に、というのであれば話も分かるが、既婚であるという話は聞いていない。


 蒋師仁は、自分が誰と組んで二人一組を作るか、の問題よりも、王正使が誰と組むのか、の方が気になってしまった。そのため、動きが遅れてしまった。


「ここは、叔父上と組むのが普通の成り行きかな」


 そう言ったのは無精髭の劉嘉賓だった。そのすぐ隣に立っているのは使節団で最も長身の男、劉仁楷だった。劉という姓で同じ二人だが、身内だったらしい。


「あれっ? もしかして、組む人がいないのは蒋副使だけですか?」


 横から声を掛けられて、蒋師仁はそちらを見た。そこには、蒋師仁よりは若干背は低いものの、がっちりした体格に厳めしい顔つきの若者がいた。顔を見た時にまず最初に目に付くのが、眉毛が太くて濃く、しかも左右の眉毛が一本に連なっていて、漢字の「一」の字のようになっている。


「あ、お前は確か……」


 この兵士、顔見知りではないものの、どこかで名前を聞いたことがあるような気がする。蒋師仁が思い出す前に、続き眉毛の兵士の方が先に答えを言った。


「自分は賀守一といいます。先祖は、かの魏の時代に道武帝時代から大きな勲功を立ててきたということで姓族詳定で胡族八姓の一つとされた賀頼氏に連なる、とされています」


 賀守一が自らの家系を名乗った中で、魏と言っていたのは、三国志の魏ではなく、いわゆる北魏という国のことだ。


「お主は、なんというか、変わった眉毛をしているな」


「はい。それはよく言われます。両親に聞いた話では、生まれた時からこうだったらしいです。かなり昔にいたという連眉禅師という僧侶のようで縁起が良い、ということで、この真一文字の眉を守って生きて行けという願いを込めて守一という名前を付けたんだと聞きました」


 眉毛のことは、本人としては負い目に感じているのではなく、むしろ誇りにして大事にしているらしい。


「で、賀守一、お主は今回の旅には一人で参加しているのか。一族の者はいないのか」


「はい。自分は一人です。蒋副使もお一人の参加で」


「そうだ。どうやら余り者は、お、俺と、お主だけのよう、だな」


 蒋師仁の声が少し震えた。周囲を見渡すと、未だに二人一組になっていないのは、蒋師仁と賀守一だけのようだ。


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