第19話 獣はたまにはケンカする
父親と息子ならば、宿舎の同じ部屋に泊まったところで何の問題も無いだろう。実際兵士たちの中にも、父子で参加している者たちも存在するようだ。
ただしそれは、あくまでも本当に父親と息子ならば、の話だ。
もちろん、王玄策が王令敏の父上ということは無いだろう。事実ではない、何かの意図に基づいた設定ということになる。されど、この稚拙な設定は何なのだろうか。
王玄策正使と謎の黒ずくめ王令敏の二人の関係を父親と息子だと言われて素直に信じるわけにはいかない。
これだったらまだ、王正使と王令敏が既に結婚しているとか、あるいは許嫁同士である、と言われた方が蒋師仁としては納得できたような気もする。
「あ、いや、それも駄目か。よく考えたら姓が同じだった」
二人とも王という姓だ。その二人が結婚していたり、あるいは許嫁だとすると、王姓同士の婚姻というあり得ない近親婚関係となってしまう。
「あり得ないもへったくれも無いけどな、この何でもアリすぎる使節団には」
「蒋副使、なにをブツブツと言っておられるのですか」
「……いや、結果として、同室になるのが、まともそうな賀守一で良かったのかな、と思っただけだ」
勝手について来ている自称通事の劉嘉賓も、謎の黒ずくめにして正使のことを父親と呼ぶ王令敏も、変なヤツではあるが、この使節団で最も疑問のある人物といえば、やはり王玄策正使だろう。
使節団の正使が、若い娘、ということが、あって良いのだろうか?
このことは、皇帝陛下も知っておられるというのだろうか?
その若い娘の正使は、王玄策と名乗っているものの、王令敏からは父親と呼ばれていたり、劉仁楷からはメイちゃんという変な呼び名で呼ばれていたり、あからさまに怪しい。本当に王玄策なのだろうか?
疑問は尽きない。
考えても答えの出ないことを無駄に長時間考え続けていても、摩耗した朽ち縄のように心が疲れるだけだ。まだ早い時間であるにもかかわらず、本日の旅程はここで終わりのようなので、思考を空っぽにして、気分を楽にしたい。
そう一瞬思った蒋師仁だった。が。甘かった。
列になっている使節団の後ろの方で、何やら騒ぎが起き始めた。
兵士の怒鳴り声だか悲鳴だかが、蒋師仁のいる前の方にまで届いて来る。
蒋師仁は背伸びして後ろの方に視線を送った。が、約四〇名の使節団員と、その倍の数の馬と駱駝たちが荷物を満載した状態で列になっているのだ。見えるはずもなかった。
ここからではよく見えないので、何が起きているのか、行って確かめてみるか。と、蒋師仁が思い始めた時、向こうから兵士の一人が息を切らしながら走ってやって来た。
「王正使、王正使、大変です!」
「これから、宿舎に入るにあたっての指示を出そうと思っていたのに。一体これは何の騒ぎなの?」
王玄策は、面倒くさそう、かつ、機嫌悪そう、かつ、やる気無さそう、な口調で返事をしていた。と同時に、腰に提げている瓢箪を取り外し、中の水を一口飲む。
正使王玄策は、何かがあると、水を飲んで間を取るらしい。と、いうことが副使の蒋師仁には分かり始めてきた。
「た、大変です、王正使。後ろの方で、気性の激しい一匹の馬と、一匹の駱駝が、ケンカを始めて、すっちゃかめっちゃかになっています!」
報告をした兵士は、切れ切れの息の中で、真面目な顔で言い切った。
「はあ? 馬と駱駝がケンカだと? ふざけているのか? どうせふざけるなら、もっと真面目にふざけてみろ!」
まがりなりにも副使という立場である蒋師仁としては、横から口出しせずにはいられなかった。
「そんなこと、いちいちここまで報告しに来るなよ! 馬と駱駝がお互いに群れでケンカしているわけじゃないんだろう? 一匹ずつなんだろう? だったら無理矢理引き離せばいいだろう」
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