第14話 檄を飛ばす

「檄文というのは何かといいますと、自分の主張することを他者に分かってもらうための文章のことです。『檄を飛ばす』といった使い方をしますね」


「いや、檄文の意味くらいは私だって知っているわよ。私が疑問に思ったのは、なんでここで脈絡もなく檄文を作る流れになっているのか、ということよ」


「流れというのは、既にある黄河の流れに乗って流されて行くものではありません。流れというのは何も無い場所に自分から己の望む形に新しく作るものです。隋の大運河のように。って、おお、なんか今、私、すごく良いことを言っちゃいましたよね」


 得意満面になって自画自賛する。独りよがりな流れを勝手に作っても、他人にとっては迷惑なだけだ、という観点はしっかり無視して劉嘉賓は目を輝かせる。


「例えばですね。かの商王朝の末期に、暴君紂王が妖しい美姫に惑わされて国が大いに擾乱しました。そんな中から、次の王たるべき天命を持った聖人君子が出現して、暴君を打倒しようと天下に号令をかけます。そういった時に檄文を出すんですよ。紂王が美女に溺れて政治を顧みず、そのせいで天下あまねく乱れまくっているという現状。それを打開するためには、紂王を惑わせる妲己を打倒する必要がある。それを人々に広く知らしめるために檄文を飛ばし、それにより、志を同じくする朋友が集結し力を合わせて大きなことを成し遂げることができるのです!」


 力強く語尾を言い切り、劉嘉賓は両手の拳を強く握りしめた。ついでに、人目にはつかないが両足の指も折り曲げて握った。


 先の勅勒の歌に続いて、美声で文言を諳んじた。劉嘉賓、声だけは紛うことなく美声だった。



 朝廷にはびこる妲己なる者、


 性格は温和ではなく、


 賤しい出自にふさわしい。


 今、紂王の慈悲を以て入侍して、


 後宮の節を汚し、秩序を乱す。


 賢王の資質は隠れてしまい、


 陰から欲望が閨房を満たす。


 その蛾眉は人の役に立つようなことは無く、


 狐のような狡猾さは君主を惑わせるのみ。



「ははは、なんなのよ、それ」

「ぷっ……これは失笑を禁じ得ませんなあ」


 王玄策と蒋師仁の感想が一致した。


 いざ、自ら文章を起草しようとしても難しいものだ。上奏文などは才能と訓練が無ければ編むことができない最たるものだろう。しかし、自分で文章を作ることはできなくても、他者が書いた文章を評価することならば、誰でもある程度できるものだ。


 劉嘉賓が口に出した檄文は、偉そうに言っていた割には、それほど格調高いわけでもないし、聞く者の心情に訴えかける力も乏しい。仰々しい語を使おうとして力んではいるけど、かえって陳腐になって思わず笑いが漏れてしまうほどだった。


「なんですか。笑うとは失礼な。お二方とも、この檄文の良さが分かっていないだけですよ。かの商王朝が最後の王の時に美姫に惑わされて滅びた、などというような悲劇を繰り返してはならない、という教訓なのですぞ。だから特に帝王は、女に惑わされてはならない、と諫める内容になっていることに気付いておられますか?」


 王玄策と蒋師仁は更に大きく笑った。


「いや、それは分かるけど、その教訓とやらは誰に向かっているのよ? 私は自分が女だから、美姫の色香に惑わされて身を崩したり国を傾けたり、なんてことは、考えられないわね」


「自分も、王正使と同感だな。その『帝王たる者、女に惑わされるな』とかいう教訓は、誰に向かっているんだ。俺は帝王じゃないし。マガダ国の王様にでも言ってみようか?」


「ははははは! それは傑作ね。ハルシャ・ヴァルダナ王が女に狂って傾いたマガダ国、なんて、想像できないわね」

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