第12話 偽者の使節団員

 荷物を積んだ牛車が長安方面からやって来て、白髭の危なっかしい足取りの老人に引かれながら、立ち往生している使節団を追い抜いて咸陽に入っていった。近隣で作られた炭を運んでいたらしいが、行きがけに、牛が近くに糞を落として行った。まるで、有用性の乏しい議論で時間を空費していることを、動物にまで嘲笑されているかのように、周囲には糞の不快な臭いが漂った。どこからともなく出てきた羽虫が周囲を飛び回る。顔の周辺を飛ぶ虫を手で追い払いながら、蒋師仁は惨めな気持ちに陥ってしまうことを禁じ得なかった。


「改めて、問うことにするわ。劉嘉賓、あなたは、一体、誰なの?」


「だから自分は劉嘉賓ですよ。通事専門です。天竺の梵語には通暁しています。ついでに言っておくと、途中で通過する吐蕃の言葉も、ネパール国で使われている梵語のネパール方言も、自在に使いこなすことができる自信があります。使節団の一員として必ず役に立ちます。というか、自分がいなければ使節団が成り立たないくらいになるんじゃないでしょうか」


「ふてぶてしい表情で自信満々に言っているところを挫いて悪いんだけど、専門通事なんて連れてきていないから。あなた、偽者の使節団員でしょ。いつの間に入り込んだのよ。何が目的なのよ? 使節団の中に入って、内側から妨害しようとでもしているのかしら」


「いくら正使とはいえ、失礼なことを言わないでくださいよ。妨害じゃなくて、使節団の役に立って、今回の外交旅行を成功に導くために、こうしてついて来ているんじゃないですか。騎乗できる馬の一頭すらいないという劣悪な境遇であるにもかかわらず」


 二人の問答を聞き流しながら、副使蒋師仁は今更ながら疲れを感じ始めていた。無論、長安から咸陽までの道のりを徒歩で進んできたことによる体力的な疲れではない。皇帝陛下の勅命によって編成されて派遣された正規の外交使節であるにもかかわらず、何故か怪しい人員ばかりが目についてしまうということで、今後の前途の雲行きが不安でしかないのだ。


 ふと、蒋師仁が横を見てみると、困った表情の劉仁楷が、長い顎鬚の先端を風に揺らされながら、その場に立ち尽くしていた。三〇代半ばくらいの年齢なので、若者が大部分のこの使節団の中では恐らく最も年長ということになるであろう長身痩躯の男は、二人の言い争いを仲介するにできず、困惑していた。無益な言い争いを中止させるべく仲裁をしようにも、下手な瞬間に容喙でもしようものなら、かえって火に油を注ぐ結果となってしまうだろう。


「いくら王正使のお言葉とはいえ、黙って看過することはできません。この劉嘉賓のことを、まるで余計なお荷物、いらない何かであるかのような軽い扱いの発言、それは撤回して訂正していただきたいです。わたくし劉嘉賓は優秀なのです。そりゃ使節団員は全員がそれなりに天竺の言葉を使えるかもしれませんが、わたくしの能力は通事だけではありませんから。見くびらないでください」


「呼んでもいないのに勝手について来ちゃっただけでしょう! そういうの困るのよね! そもそもさっき、通事専門って言っていたわよね?」


 もはや遠慮することなく王玄策は強い口調で言う。もっとも、最初から遠慮などしていなかった。


「勝手とはなんですか勝手とは。必要だと言われたから来たのですよ。それを、ここまで来ておいてから、やっぱり来なくていいとか。無責任にもほどがあります。専門と言ったのは、できることが通事だけという意味ではありません。兵士や雑用兼任ではないという意味です」


「無責任とは、言ってくれるわね! 正使として責任があるからこそ、足手まといは連れて行けないって言っているんでしょう」


「だから、足手まといじゃありません! 役に立ちます」


「そこまで言うなら、何か、本当に役に立つような特技でもあるの? 天竺の言葉は、他の人でもできるから、劉嘉賓だけにできることがあるというのなら、この機会に言ってみなさいよ」

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