第9話 変な使節団

「意見具申? じゃあ言ってみて。私も正使であるからには、随行員たちの意見にもきちんと耳を傾けたいと思っているのよね」


「では、遠慮無く申し上げます。王正使、この使節団、変です!」


 僅かではあるが驚きの表情を浮かべた王玄策と、冷静な真顔を崩さなかった蒋師仁、二人の対応は分かれた。

 口には出していないが、蒋師仁もまた、この使節団は変だと思っているのだ。


「変? 大唐帝国の皇帝陛下の勅命を受けて天竺マガダ国に派遣される正式な国交使節団なのよ? それに対して変とは、随分な物言いよね?」


「でも変なものは変なのです。言葉を虚飾して取り繕っても仕方ありません。現実を見据えて対策を練らないとならないと思い、意見具申させていただいた次第です」


 息を荒げながら言い募る無精髭の若い男。蒋師仁の後ろに続いている使節団員たちは、道の途中で立ち止まっていることに訝しみつつも、休憩ととらえて思い思いに力を抜いて立ったまま汗を拭ったりしゃがんだりしている。


「この使節団、徒歩であるにもかかわらず、進むのが速すぎはしませんか?」


 無精髭の男に言われて、王玄策と蒋師仁が顔を見合わせた。拈華微笑ではないが、二人の意見は異なることはなかった。


「そうかしら? そんなに速くはないと思うけど。馬や駱駝だけでなく人間も荷物を担いでいるから、無理をしない速度で来たつもりよ。寧ろ遅すぎると言われて当然という感じかも」


「いえ、人間の足で長距離を歩くには、かなり攻めた速さだったと思います。あまりにも速すぎたので、自分には体力的に厳しかったです。しかもこの速さで長安から咸陽まで一気に来るなんて」


「いや、途中で何回か休憩もしたわよね?」


「そういう問題ではありません!」


 無精髭の若者は、正使である王玄策に真っ向から反論する。顔を赤くしている。怒りのせいなのか。あるいは若者自身が言うように速く歩いたため紅潮しているのか。


「だから、この使節団は変だと言っているではありませんか。どうして、四〇人以上の集団で、遥か遠く天竺まで行くというのにもかかわらず、馬に乗って行かないのでしょうか?」


 蒋師仁も、無精髭の若者の言葉に小さく頷いた。その部分は蒋師仁も同意見だった。なぜ馬に乗らないのだろう。日頃から鍛えている蒋師仁にとってはこれくらいの距離は歩いた内にも入らないが、先の長さを考えると、馬に乗った方が得策のように思える。

 ただ、この程度の軽い徒歩で速いとか疲れたとか言っている無精髭の若者の軟弱さには呆れしか反応のしようがない。


 王玄策は難しそうな顔をして柳眉を顰めた。


「馬にも駱駝にも乗らないのは、前回の旅の反省を踏まえて、試しとしてそういうことにしてみたのよ。確かに馬に乗れば楽ができるのは確かなのよね。でも、人間が徒歩だと、その分、人間も荷物を運ぶことができるから、贈り物を多く持って行けるのよね。この辺りならまだしも、吐蕃道に入ってからの過酷な旅程の中では、何よりも道が悪いから、馬に乗ったまま崖下に転落してしまう危険も大きいのよね」


 風が吹いて、王玄策の後ろ髪が少し前に靡いた。黒く波打つ毛先が王玄策の口の中に入ったため、王玄策の言葉はそこで途切れた。


 左手の人差し指で髪を梳くようにして、唇に貼り付いていた毛髪を後ろに戻す。若く美しい正使のその一連の優雅な仕草に、副使蒋師仁は思わず見とれていた。


「つまりは、乗る用の馬を連れていないのも、理由がちゃんとあるのよ」


「いえ、その理由では納得できかねます。この辺はまだ大唐帝国の都の周辺です。危険な道もありませんし、せめてその吐蕃道とやらに入るまでなら、馬に乗って行けばいいじゃないですか。ええと、玉門関を出る手前で馬から降りて、不要な馬は売ってしまえばいいのでは?」


 無精髭の男の言葉を聞いて、蒋師仁は心の中に西域の地図を描き出す。今回の旅を行く過程で、玉門関は通過するだろうか?


「初めての人には西域の土地勘など全く無いだろうから仕方ないけど、玉門関は通らないわよ。その大分手前、具体名を挙げて言うと青海のところで、南に進路を変えるから」


 蒋師仁は、少し引っかかりを覚えた。


「あれ? その道って確か、吐蕃ではない国を通るのでは……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る