第4話 波を乗り越えて
まだ往来に人通りはほとんど無いが、これから増えていくだろう。坊、と呼ばれる区画に区切っている壁の上からは、背の高い建物の瓦屋根が軒を連ねていて、早起きの雀が柳の木から槐の木へと飛び交っているのが見える。風に揺れる木の枝や葉がさざめいている。その向こう遠くには、朝靄の中に霞むようにして壮麗な宮殿が大唐帝国の威光を地上に顕現させている。
大唐帝国は、二代目の皇帝、李世民を戴いている時代だ。中国史上随一とも言われる名君李世民がいたからこそ、南北朝時代とそれに続く隋の煬帝時代の大混乱という歴史の大きな波を乗り越えて、統一を果たし、安定と繁栄への礎を築きつつある。
しばらくは、この長安の都の景色も見納めということになってしまう。順調に進んでも数年かかる道のりということは、蒋師仁がこの地に無事に帰還した時には、三〇歳も目前になっているかもしれない。長安の外郭も完成に近づいているかもしれない。
天竺まで行くのに一万里。往復ならば二万里という計算になる。無事に帰還できれば、の話であるが。
長安への帰還のことを考える以前に、この使節団で無事に長い道中を突破して天竺へ到達できるのか。この使節団の副使である蒋師仁にはそもそも不安だった。天竺という遠い遠い異国のことは、幼少時から祖父や父から話として幾度も聞いたことがある。蒋師仁の家は、何代か前の先祖が天竺人と交流があって、天竺の言葉を勉強して話せるようになった。
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