4:とまり木の覚悟
翌日、三人で食事会の店を選んでいると、彼からメールが届いた。
彼の母が同席したいと言っているが良いか、という事だった。
「なんか、当たり前の事だってわかってるんだけど、良行君に家族がいた事にちょっと驚いた」
私も母と同じ事を思った。
「彼って時々異世界に飛ぶだけで、普通の地球人なんだよね。叔父さんの話もしてたし」
「してたしてた。なーんか、想像が及ばなかったのよね。心のどこかで、チキュウっていう異世界から来た人だと思ってた気がするっていうか」
「わかる」
彼のお母さんか……どんな人なんだろう。何か超能力を持っていたりするんだろうか。
「うちの良行には、ただの人間なんて相応しくありません。念力ぐらい身につけてから出直して来なさい! なんて言われたらどうしよう。スプーン曲げで納得してもらえるかな」
一瞬の沈黙の後、父と母が爆笑した。
「なーんで笑うのー?」
涙を拭いながら、切れ切れに母が答えてくれた。
「二百点の演技力と、まったく引く気がないところと、娘が恋を覚えた喜びの化学反応」
それからまた笑いだす。
恋。言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。そういう目で見てみると、私達は結構良い関係なのでは? 彼の気持ちは確かめてないけども。
「俺達は応援するぞ。それに、もし引き離されても、彼は一旦異世界に行ったら、お前のところに帰って来るみたいじゃないか」
「君は僕のとまり木、だっけ? ロマンチックよねぇ」
「あれって、そういう意味だったの?」
母が再び笑いの深みにはまった。
バネ的な世渡家用語だと思ったんだよ!
「無理矢理引き離せない事は、向こうの方がよくわかってるはずだ。俺達と同じで、我が子の恋人に会ってみたいだけじゃないかな」
そういうものだろうか。
「それなら気楽かも」
食事会の店は、お母様も来るならばという事で、少し背伸びして近所のステーキハウスに決まった。
食事会当日。バネの読みは上手く当たって、私達五人は、ステーキハウスの個室で向かい合っていた。
彼のお母さん、世渡
型通りの挨拶から始まって、私と彼の出会いについて話した後は、彼が行っていた砂漠と霧の世界の話題になった。
今回彼が持ち帰ってきたのは、砂漠の中から見つかったという赤い天然ガラスの塊と、瓶入りのコケと、メガネのレンズぐらいの大きさの、プラスチックで作った白い花びらみたいなものだった。
「向こうに着いたら一面の砂漠で、水に苦労しそうだと思ったんですが、こいつがあったんです」
そう言って彼が花びらを掲げると、その周りに霧が現れて、ぽたぽたと水滴が落ちた。
「水を強く引き寄せる性質があって、霧の中に持っていくと、すぐにコップ一杯分ぐらいは溜まるんですよ」
水のコップに近づけると、表面に結露していたのが霧になって花びらに移り、流れ落ちた。
「すごい、魔法みたい! これ、何なの?」
「甲虫の
肝っ玉にはそこそこ自信がある。ゴキブリとか、うねうねするグロい奴でなければ大丈夫だ。
見せてもらうと、白いずんぐりした昆虫が、花びらのような翅を広げていて、その足元に水たまりができつつあるところだった。なかなかかわいい。
「この翅にどんな秘密があるのかは、研究待ちだね。実はもう大学三つと、研究所二つに売る事になってるんだ。もし仕組みがわかって、再現できるようになったら、世界の水事情に革命が起きる」
「おぉぉー」
とりあえず、すごい事はわかった。何が起きるのかはよくわからないけど。それを察したのか、彼はいくつか、水事情の革命の例を出してくれた。
「上手く行けば、砂漠で植物を育てたり、海の上で塩分の少ない水を手に入れたりする事が、ずっと簡単になる。身近なところだと、部屋の除湿に使ったりとか、家庭菜園の水撒きにも良いね。きっと梅雨なんかは、空気が井戸になる」
これまでの中でも、かなり大きな収穫だと、彼は満足げだった。
「こういう異世界のものって、他にも何か革命してたりするの?」
彼は頷いた。
「結構、材料分野で活用されてるよ。ファッション業界に異世界のデザインを売った事もある」
たまに奇抜の極限みたいなデザインの服が出てくるのは、ひょっとして異世界産だったりするんだろうか。
ステーキを食べ終わって、彼と、うちの母がトイレに立ち、私と父と、純子さん(おばさんと呼ぶのはなんだか抵抗がある)が残った。
場繋ぎに良さそうな話題を選んでいると、純子さんの方から話しかけられた。
「あの子のとまり木が今日香さんで本当に良かったわ」
「え? あっ、ありがとうございます」
やっぱりとまり木って世渡家用語なのでは?
「あの、とまり木って、何なんでしょうか」
聞いてみると、世渡家の能力者は「とまり木」に出会うと、地球に帰ってくる時に、その「とまり木」の近くに現れるようになるらしい。世渡家の経験則から、一目惚れと関係があるらしいんだとか。
一目惚れ?
なんだか、急に暑くなってきた。
「あの子と話している時、目がキラキラしていて、本当に素敵なお嬢さんだと思って見ていたんですよ」
「ありがとうございます。自慢の娘です」
父がドヤ顔で言う。
「うぇへへ、ありがとうございます」
照れで変な笑いが乗ってしまった。
泳ぐ目をどうにか前に戻すと、純子さんが真剣な顔をしていた。私も背筋を伸ばす。
「水を差すような事は言いたくないのだけど、でも、あなたが本当に素敵なお嬢さんだから、言っておかなければならないと思う事があるの」
おっ、今後のお付き合いの話か? それならいくつか傾向と対策を考えてきたぞ! と少し身構えた私だったけど、純子さんの方が、話すかどうかを決めかねているようだった。
じんわりと沈黙が広がったのを取り払ったのは、父だった。
「もしかして、異世界の危険についてのお話ではありませんか?」
純子さんがハッとして父を見た。
「お気付きでしたか」
私はお気付きでないです。説明を求めて父に視線を送る。
「テレビ電話で霧を見た時に思ったんだ。もし、あの時、霧に気付かずに、砂漠の中で霧に飲まれて視界を失ったら、彼はどうなってしまうんだろうってな」
「あの時難しい顔をしてたのって」
それを考えていたのか。
「治安の悪い町や、危険な動物のいる世界に出てしまう事もあるだろう。瞬間移動を見送ったのが、そのまま今生の別れになる事もありうる……その事について、お話にいらっしゃったのではありませんか?」
純子さんは目を伏せた。
「はい、そうです。あの子の父親は十九年前、あの子が五歳の時に転移して、行方不明になりました」
ええぇぇぇっ!? と言う事もできなかった。
思えばテレパシーについての推論が叔父さんのものだった辺りから、気付いても良かったのではないだろうか。不思議な力に気を取られて、目が曇っていた事は否定できない。
「生きているとは思えない。でも死んだという確証もないというのは、苦しいものです。ですが、世渡家の能力者と付き合うならば、その覚悟が必要になります」
純子さんの儚げな印象は、耐えてきた十九年の悲しみから来たものなんだろうか。
明日になったら帰ってくるかもと待ち続けるのは、きっと辛いだろう。
でも、辛いとしても――
「私の名前は、今日香です。父と母に、今ある喜びを最大限楽しめという意味を込めてもらいました。永遠に続くものはないのだから、と」
純子さんはまっすぐに私を見ている。儚げな印象は、今はなかった。さっきまで幽霊っぽく見せていた薄く光るイヤリングが、今は神々しさを見せている。これがきっと、彼のお父さんが惚れ込んだ姿なのに違いない。
私も胸を張る。
「失う事の覚悟はありません。失くす事がなければ良いと思います。でももし、全て失くして、悲しくて泣いても、後悔をしない自信はあります」
純子さんの表情が緩んだ。
「あなたは、本当に素敵な人だわ」
そこで彼が帰ってきた。
話題はここで切られて、デザート選びが始まった。
ストロベリーサンデーは、かなりの当たりだった。
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