3:異世界のスマホから

 ビーズの花は、形が変わるアクセサリーだった。一定の手順で触ると、シャープな雰囲気のつる、かわいいつぼみ、華やかな花の三つの形に、本物の植物みたいな動きで変形する。

 第四の形、あるいは別の変形分岐があるのではないかと試行錯誤していると、父が帰ってきた。

「ただいまー。おっ、なんだそれ? 面白いな、どこで買ったんだ?」

 彼が家に来た事を話すと、父はその場に崩れ落ちた。

「教えてくれよぉー! 知ってたら全力で帰ったよぉー!」

 ごろんっと起き上がる。

「という事は、もしかして、このビーズの花って、異世界の奴なのか?」

「そうだと思う。こうすると、こうなって、これが、こう。で、こうすると、またこう」

「ほぉー、すごいな。それで、今は何をやってるんだ?」

「第四の形を探してる」

 母が、あっと声を上げた。

「新機能見つけた」

 花の状態で花びらを閉じるように丸めると、小さくまとまって種の形になり、そこから芽が出て、蔓が伸びて、つぼみが付き、花が咲いた。

「おおぉぉぉ!」

 全員の声が重なる。

 これから三日ほど、私達は新機能探しに夢中になっていた。


 ビーズの花への情熱が落ち着いてきた日の夜、私と父は「もう寝ようかなー、でもお風呂行くのダルいなー」とダラダラしていた(母は寝た)。そこへ、彼からメールが来た。私達は完全に覚醒した。

 内容は『今テレビ電話ができるか』という事だった。即オーケーして繋ぐ。

 スマホの画面に映った彼は、帽子に磨き上げたレモンキャンディのような宝石を飾って、マントを羽織っていた。向こうに見えるのは、一面の砂漠で、まだ夕暮れだった。

 彼は私の隣に父がいるのを見て、少し驚いたように見えた。

今日香きょうかさんのお父さんですか? はじめまして、夜分遅くすみません。世渡です。先日はお世話になりました』

「いえ、こちらこそ。プレゼントもいただいてしまって、二人ともかなり気に入ってます」

 彼は風に目を細めながら、気に入ってもらえて良かったですと笑った。私は髪飾りにしているのが見えるように、少し首を傾ける。

『さっき霧が晴れて、遠くまで見えるようになったので、異世界の風景をお届けしようと思って、電話させていただきました。見えます?』

 彼はカメラを空に向けた。砂丘の向こうに沈もうとする太陽が見える。そこからぐるーっと回っていくと、夜の色が混じり始めた空に、天の川をかなり濃くしたような光の帯がかかっているのが見えた。光の柱が立っているようにも見える。

「何あれ! どうなってるの!?」

 父にも説明を求めて視線を向けると、父は画面を食い入るように見つめて、私への返事というより、独り言のように言った。

「土星の、みたいなものかな」

『多分、そうだと思います。さすがに宇宙には出られないので、確証はありませんが、この星には月の代わりに塵かガスの環があって、それが月みたいに光ってるんでしょうね』

 月みたいに光る帯は、地球では見られない。でも、こうして画面越しに彼と話しながら見ていると、直接見に行けそうな気がしてくる。不思議な気分だ。

『今度地球に戻る時には、また面白い物をお見せできると思います』

「ほんと!? 楽しみ!」

「世渡君、それ、いつ頃かわかる?」

 これは、休暇を取る気だ。彼は首をひねった。

『バネの機嫌次第なのでなんとも……ただ、前回も今回も、帰ってすぐに飛んで、んー……四日後ぐらいが、一つの目安ですかね』

「四日ぐらい先か、わかった。次はぜひ、直接会って話がしてみたいな。四人で何か食べに行こう」

『えっ、良いんですか? いやぁ、嬉しいな。楽しみにしてます』

 その時、急に画面が曇った。画面を拭いてみても曇りは取れない。向こうのカメラが曇っているのだ。

「急にカメラが曇ったけど大丈夫?」

『え? ああー、霧が戻って来たか。もっとお話したかったんですが、もう帰らないとマズいな。通話止めます。おやすみなさい』

 私達は別れの挨拶を交わして、電話が切れた。

「地球とは全然違うんだね」

 一緒に感想会ができると思った父から返事がない。何か考え込むような顔をしている。楽しい事について考えているのとは違う、母が風邪をこじらせて入院した時のような、真剣な顔だ。

「お父さん、どうかした?」

 父はハッとして、表情を緩めた。

「……有給の申請が何日前までだったか、ど忘れした。一週間前までとか書いてあったらどうしよ。とりあえず風呂入ってくる」

 なんだかごまかされたような気がしたけれど、それだけ彼と会うのを楽しみにしていてもおかしくない気がして(だって自分だけ会えなかったのだ)、私はそれ以上何も聞かなかった。

 食事会はどうしようか。やっぱり、あんまり公にできない話もあるだろうし、個室のあるとこが良いよね。

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