2:とまり木

 寿司をたっぷり楽しんだ私は、彼との出会いを、デートから帰ってきた両親に早速自慢した。

 寿司に釣られて初対面の男に付いて行った事に若干のお叱りをいただいたが、異世界のコインを見せると、たちまち二人とも夢中になった。注目の的は、やっぱりドラゴン金貨だ。

「楔形文字に似てるけど、違うな」

「ドラゴンのデザインも珍しい。どっちかっていうとドラゴンより恐竜っぽい? ほらあの、首が長いやつ」

「確かに」

「あとこれ、もしかして純金?」

「多分、そうだろう。この重さだと……二十万ぐらいするんじゃないか。これ、もらったのか?」

 私は首を振った。

「多分違う。一万円はもらったけど、これは慌てて落としただけだと思う」

「だよな。住所は?」

「メールだけ。さっき送ったんだけど、まだ返事がない」

 エラーが出なかったから、送信はできていると思う。やっぱり異世界は圏外で、受信箱に繋がらないんだろうか。

「しばらくこっちで預かるか。失くすと大変だ。金庫に入れとこう」

 ほぼ空だった我が矢倉家の金庫は、急に宝箱になった。


 一週間が経ったけど、返事はまだ来ない。

 あれから私は、異世界のコインを一日に一回は金庫から出して見ている。

 ドラゴン金貨、誰かの顔の銀貨、花の銅貨に、細かい模様が刻まれたおはじきみたいな奴、どれも彼の旅の思い出と繋がっているのだろう。

「どんな世界だったのかなー」

 ドラゴン金貨の世界には、やっぱりドラゴンがいたんだろうか。でも一万円って鳳凰が書いてあるけど、鳳凰はファンタジーだよね。

「いやー、異世界ならいるでしょ」

 もしかしたら鳳凰もいるかもしれない。彼なら実際に見た事もあるかも。

 後ろで母の足音がした。

「何か新発見あった?」

「んー、新発見はないけど……やっぱさー、異世界ならドラゴンいるよね。鳳凰も」

「さすがにそれは」

 ファンタジー過ぎじゃない? とでも続いたのだろうか。母の言葉は途切れた。

 私達の目の前で、小さな鳳凰が鳥カゴに入っていた。

「鳳凰だ!」

 私と母の声が重なった。

 そしてカゴを持っているのはもちろん――

「あっ、どうも、お邪魔します」

 彼、世渡良行は、私と母に頭を下げた。帽子の飾りが、今日はビーズの華やかな白い花になっていた。


 私、母、彼、鳳凰の三人と一羽は、居間でリンゴを食べている。

「預かっててくださって助かりました。せっかくメールもいただいたのに、電池が切れてしまって、すみませんでした」

 それでメールの返事が無かったらしい。今度は我が家の単三電池を二セット、彼のトランクに押し込んだから大丈夫だ。

「異世界でも電池があったら使えるんですか?」

「普通は圏外になるんですけど」

 彼はトランクを示した。

「もしかして、そのトランクも」

 彼はニッと笑って頷いた。

「夫婦トランクです。二つのトランクの中が繋がってるんですよ」

 私は母に視線で助けを求めた。よくわからない。

「ワームホールよ。二つのトランクが出入り口で、中の空間がトンネル」

 母が広告裏に図を描いてくれたが、まだピンと来ない。

「ゲームの倉庫って、どの町の倉庫でも同じ中身が出せるでしょ。ああいう事」

 やっとなんとなくわかった。

「そんな感じです。実家のトランクに家の無線の電波が入るので、それで繋がるんです」

「便利ー」

 また私と母の声が重なった。

「えっ、じゃあ、そのトランクに入ったらいつでも帰れるの?」

 だったら便利なんですがと彼は苦笑いした。

「これは霊核界れいかくかいって世界の製品で、動物の密輸とか、スパイに使われないように、生き物が入ってる間は空間の繋がりが切れるようになってるんです」

「よくできてるのねぇ……」

 すっかり感心した様子の母が、首を傾げた。

「夫婦トランクとか、れーかく界とか、日本語みたいだけど、異世界って日本語通じるの?」

 言われてみれば、吉方翡翠も日本語だった。異世界の道具なのに。彼の命名なんだろうか?

 彼は唸った。

「多分、本来は通じないんですよ。ただ世渡家の能力者には、テレパシーみたいな力があって……」

 世界を瞬間移動するように、言語の意味を瞬間移動させる事によって、異世界でも母国語によるコミュニケーションが可能となっている――というのが、彼の叔父さんの推論らしい。

 まーつまり、彼の言うとおり、テレパシー、以心伝心、みたいな。

「本当は、どれも異世界情緒に満ちた名前を持ってるんですが、見たり聞いたりした瞬間に日本語に変わってしまうので、覚えられないんです」

 聞けば、英語なんかも「ああーはいはい、要するにこういう意味ね」という感じで日本語やカタカナ語にされてしまうらしい。

「という事は、これも日本語で読めるの?」

 母が洗濯物から英語が細かく書かれたシャツを持ってきた。瞬間、彼が苦笑いして、耳が少し赤くなった。

「それはちょっと、知らぬが仏だと思います」

「よし、捨てよう」

 母の決断は早かった。何が書いてあったんだ。いや、聞きたくない。あのシャツは、私も着た事がある。


 私達はリンゴを剥き、お菓子の封を切り、お茶を入れて、彼に異世界の話をねだった。コインの世界のこと、ドラゴンのこと、鳳凰を手に入れるまでの物語、質問攻めでちょっと迷惑なんじゃないかと思いもしたけれど、彼が楽しそうに話してくれるので、つい甘えてしまった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。気付けば、居間は大分暗くなっていた。

「暗いと言えば、燐光石っていう道具もあるんですよ。ちょっと光を当てると、六時間ぐらいキレイな緑色に光り続けるんです」

「便利ー」

「ところが、これが後で調べてビックリ、光と一緒に放射線が出てた!」

「やばーい!」

 そして私達と彼は、かなり打ち解けていた。

「なんとかしようと思って、病院とかで使われてる放射線遮蔽用のガラスで瓶を作ったら、すごいオシャレなんだけど、今度は誰が買うのかなって値段になっちゃって」

 もうどんな話でも三人揃って笑っていた。それが不意に途切れる。彼が少し「マズいな」という顔をしたのを、私も母も見逃さなかった。

「ひょっとして、バネがたわんできた?」

「うん。そろそろ時間みたいだ。色々とごちそうさまでした。食べるばっかりで、申し訳ないな」

「良いの良いの。こっちこそずっと喋らせちゃって、お買い物とか行かなくて大丈夫だった? 何か必要なものある?」

「電池をいただいたので、大丈夫……あっ、水のボトルあります?」

 非常用の二リットルボトルを渡した。時々、水で苦労する世界に飛んで大変らしい。

「どうもありがとうございます。あっそうだ」

 彼はトランクから、彼の帽子を飾っているのと同じ、ビーズの花を二つ、テーブルに置いた。

「髪飾りとかブローチにどうぞ。ぜひあちこち触ってみてください」

 もう本当に時間がないのだろう。彼は慌てた様子で荷物を確認し、鳳凰のカゴを持つ。

「あっ、また会える?」

「多分ね。君は僕のとまり木なんだと思う。今度は電話も通じるし……あ、そうだ、先に謝っておくよ! 変なところに出てきたらごめ」

 彼は消えた。

 祭が終わってしまったような寂しさがあった。普段の家に戻っただけなのに。

「なんだか、家が広くなったみたいね」

「うん……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る