第10話 「物理だよっ、物理っ!!」




 出現した魔物はすべて倒した。


 レーテルの平和は守られた……かに思われた。


『フッハッハ……何かがおかしい。片手間に握り潰すはずだったが、まさか私の魔物のほうが全て殺られるとはな……。下調べはしたが、もしや新参者の勇者でも現れたか??』


 東門前の開けた場所に。

 黒いマントを羽織った、いかにも悪そうな黒髪の男が、上空から舞い降りてきた。

 お決まりの笑い方に独特な喋り口。脳内に直接響くような、異質で密度を感じない声。


 出やがったな、ネビュラ!!


「だっ、誰だ!?」

「おい、まさかアイツ、魔王軍幹部の……」


 みんなは驚いているけど、城でのネビュラの独り言を聞いていた僕は、こうなることも少し考えていた。

 ひと暴れしたい、本人がそう言ってたんだから。


 ネビュラは周りを取り囲む大勢の冒険者を見回して、溜息を吐いた。


『なるほど。何故かは知らぬが、私の計画が筒抜けだったということか。フッハッハ……つまらぬ、これでは不平等ではないか。出てこい勇者!! 堂々と名乗り出ろ!!』


 それぞれにざわめく冒険者たち。

 当然のように、いくつもの目線が僕に集まった。ここは大人しく応じるしかないのかな……。


 悩んでいたその時だった。

 いつの間に城壁から下りていたのか、人混みをかき分けてアスカが飛び出してきたのは。


「呼んだ?? わたしが勇者のアスカだよっ!! えっと、マオーグン魔王軍のネビュラさんだよねっ? よくもこの街のみんなをキケン危険に――」

「ちょ、ちょっと! 勝手に何やってんのアスカ!?」

「あっ、ハヤテ! 何やってんのはハヤテのほうでしょっ! ハヤテもこっち来てよっ!!」

「いや、だからさぁ――」

「いいから出てくるのっっ!!」


 強気なアスカに押し切られて、僕もしぶしぶ剣を引きずって前に進み出る。


 正直言うと、乗り気じゃなかった。

 策は一応あるけど、やっぱり直接対決なんてしたくはない。そう思っていた。


 でも。


『……なんの茶番だこれは? 私は勇者を呼んだはずだが?? 貴様ら二人、大層な武器を手にしているようだが、大きさすらもまるで合っていないではないか。勇者ごっこをしろと言った覚えはないぞ?? こんな糞ガキ共に用など――』


 ブチ切れた。

 コイツ、完全に僕らを舐めきってるっ!!


「今のは聞き捨てならないなあっ!!」


 僕は走り出した。

 ネビュラに斬りかかること――それ以外何も考えずに。


「あっ、だめっ! 危ないっ!!」

爆炎ばくえん・ダークネス!!』


 アスカの制止とネビュラの叫びがほぼ同時だった。

 ネビュラの両手元にボウッと、潔いくらいに真っ黒な何かが現れる。

 彼の手の動きに合わせて、それは筆で塗られる絵の具のように広がって、さらに高速でこっちに襲いかかってきた。

 僕は危険を感じて退く。


「爆炎、ほのお……そうだ、水だよハヤテっ!」

「……えっ?」

「だから、水の魔法!! はやく呪文!!」

「あっ、うん! あ、あおきらめく、無極むきょくの、恵みをっ!!」

「マーレ・ラートゥム!!」


 次の瞬間、僕とアスカを守る盾のように、巨大な円形の魔法陣がキュイインという音とともに描かれた。

 その中心からとてつもない勢いで、大量の水が真横に噴き出す。

 僕たちのすぐ近くでネビュラの黒い炎の塊を呑み込んで、そしてかき消す。

 魔法と魔法が、相対して激しくぶつかり合う。


「ぐっ……んんっ!!」


 武器を手放してまで、アスカと二人両手を前に押し出して耐える。

 だけど黒い炎の圧力はかなり厳しかった。現状はほとんど互角。

 属性的にはこっちが圧倒的有利のはずなのに……やっぱり魔王軍幹部、手強い。


『フッハッハ……糞ガキの割にはかなりやるではないか。成程、勇者と認めてやってもいいだろう。だがそれでも、私に喧嘩を売るのは無謀というものだ。なにせ私は魔力がある限り、実質最強だからな。……そうだろう、カリーナ??』


 でも、ひとつ付け入る隙があるなら、それはネビュラが常に油断していること。

 幸い魔法の衝突が激しくて、お互いに相手のシルエットはうっすら見える程度。これなら……いける!!


 僕はアスカの目を見て、それから下に置かれた弓を顎で指し示す。

 心配そうな目で見るアスカ。大丈夫、頷き返す僕。

 無言の会話がちゃんと成立していた。


 とうとうアスカが手を離す。

 それまでの倍近くの圧力を一人で支えるから、腕が一気に苦しくなる。

 僕は声が枯れるほど叫んだ。


「うああああああああ!!!!」

『フッハッハ……もう苦しいか?? これでも私はかなり手加減しているのだが、案外手応えがないものだな。所詮貴様らも、実質最強の私の足元にも及ばない……そうだろう、カリ――』


 今だアスカっ!!


「アウルム・ルークス!!」


 弓だけを持って構えをとり、アスカが詠唱する。

 すると、つがえた状態で金の矢が出現し、同時に弓のほうも金色に輝き始めた。

 アスカのその小さな体でめいっぱい引き絞って、そして指を離す!!


『何っ、ぐあぁっ!?』


 放たれた矢は、音速にも迫るほど速く。

 アスカの優れた命中能力も相まって、到底避けられるものじゃなかった。

 まっすぐネビュラの左肩を撃ち抜き、有り余る推進力でそのまま後方にふっ飛ばす!!


 よしっ、今こそがチャンスっ!! 僕はもう勝ちを確信して叫んでいた。


「リアに繋がれ、現世界っ!!」


「魔力がある限り最強」、ネビュラはそう言っていた。だから彼を無力にするには、僕のチート能力でこの異世界以外の場所に送るのが一番手っ取り早い。

 それこそ、僕が初めから考えていた作戦だった。


 後ろにふっ飛びながら、急に現れた現世界への扉をくぐるネビュラ。

 その先、僕たちの家の台所では――ちょうどリアが、中華鍋から大皿にチャーハンを盛り付けたところだった。


「きゃっ! ちょっ、誰よっ!?」

「リアちゃん、そいつネビュラだよっ!!」

「へっ!?」


 リアの足元に転がり込んだネビュラはすぐに起き上がって、うっと小さく呻いて、矢を引っこ抜く。そしてキョロキョロ周りを見渡す。

 声からは妙な響きが消えていた。


「なんだここは……ん、ドア――」

「コン・クラーヴェ!!」


 アスカが機転を効かせて、ネビュラが出てこないように扉の鍵を魔法で閉めた。

 ここまでくれば、あとはもうリア次第だ。


「ちょっと! どうしてわたしまで閉じ込めるのよっ!?」

「リアに最後のとどめを刺して欲しいからだよ!!」


 僕が説得を試みる。


「わたしが倒すってこと? でも今、神の力も全く使えないし、どうやって――」

「そんなの決まってるよ! 物理だよっ、物理っ!!」


 アスカも必死に諭す。


「もしかして、これで殴れって言うのっ!?」


 リアが片手に持っているのは……中華鍋!!


「い、嫌よっ! 慈愛の女神のイメージが台無しになるじゃないっ!!」

「そんなことないって! 別に相手はロクでもない悪魔なんだしさ!」

「そうだよっ! 悪者をやっつけるのも、みんなへの優しさのうちだよっ!!」

「でもぉ……」


 リアはなかなか決心がつかないようだったけど、しばらくして腹をくくったように言った。


「そうよね。コイツは街を襲ったロクでなしだものね。ええそうよ!」

「おいまさか貴様、本当に私を――」

「ごめんなさいっ!!」


 渾身の謝罪とともに、リアはネビュラの後頭部に、容赦なく痛恨の一撃をかます!!


 ゴォォォーーーーンッ!!


「カリイイィィィィィィナアアァァァァァァーーッ!!」


 扉のこちら側の異世界には、衝撃の長い余韻と悪魔の悲痛な叫びだけが届いていた。



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