少年のこれから
「あら起きたの?」
少年が目を覚ますと自分の顔を少女がのぞき込んでいた。
「っ!お嬢様!」
自分の顔を覗き込む少女が自分がお世話になっている家の娘だと認識すると、少年は体を起こし取り合えずベッドの上に正座する。
「ちゃんとお話しするのは初めてね。オリヴィエよ。……えっと、貴方のお名前は?」
少年は状況がつかめず混乱していて、言葉が出ない。
「お嬢様、彼は暗殺者、安易に人に名前を教えることは禁じられています。それが貴族であっても。」
声のする方を見ると、この家の執事のジョゼフが立っていた。
(そこにいる事に全く気づかなかった…)
状況が掴めない少年をよそにオリヴィエは、
「そう……、じゃあクロ、クロと呼ぶことにするわ。」
「…なぜクロなんですか?」
我ながら良い名前を付けたというような顔をしているオリヴィエに少年は尋ねる。
「ほら、クロってば初めて会ったときに黒ずくめだったじゃない?それを思い出して、後髪も黒色だし。」
少年は「それって犬の名前の付け方なんじゃ…」そう思いながらも次の質問をする。
「というかお嬢様はなぜここへ?」
「そう!、私は貴方とお話ししたくて来たのよ!」
「お話、ですか?」
「貴方あの勇者の一行の一員だったのでしょう?それなら色々な所へ冒険に行ったのでしょう?」
「え、ええ……」
少し間を置いて、
「だからそのお話を聞きたいの!」
「勇者様の話ですか?」
「勇者じゃなくて冒険の話よ。私って貴族でしょう?簡単に冒険に行くなんてこともできないの。この前も「冒険に行きたい」って言っただけでばあやに叱られちゃったわ。」
「はあ、でも何を話したらいいのやら、例えば機密な依頼は話せませんし…」
そんな時遠くから、昨日も聞いた老婆の声が聞こえた。
「お嬢様!どこにいらっしゃるのですか!お嬢様!今日は朝からお勉強と言ってあったでしょう!」
オリヴィエは「げ」という顔をして、
「この声はばあやね、毎日お勉強で嫌になっちゃうわ。」
「お嬢様、ばあやに叱られる前に行かれた方がよろしいかと」
ジョゼフがそう言うと、「そうね」とオリヴィエは答えた。
「クロ、また後で来るわ。待ってなさい?」
そう言うとオリヴィエはパタパタと部屋を出て行った。
(それにしてもこれが昨日話していた呪いの影響だろうか、お嬢様が至近距離に来るまで気付けなかった…それに部屋の隅にいたジョゼフさんも…一体僕はどうしてしまったのだろう。)
少年が起きた時から感じた違和感だ。少年はまだ若くても暗殺者という身分であり、例え寝ていても近付いてくる足音に目を覚ます事は容易かった。実際、潜伏先を突き止められた時にも足音をに気づいたからこそ逃げる事が出来たのである。
「どうかなさいましたか?」
ふと声がしてそちらを見る。ジョゼフがまだこの部屋にいたようだ。
「すみませんっ!部屋にいたのを気付けませんでした。」
「執事とは主人がお客様と喋っている時は出来るだけ存在を消し、その会話を見守るものです。「気配を消す」この事に関しては執事も暗殺者も一緒ですかな?」
ホッホッホ、とジョゼフは笑っている。
マトコルと少年が話していた時のジョゼフを見て「怖い人」という印象を持っていた少年だが、今はなすと「怖い」という印象は受けない。あれも自分を消して主人の雰囲気に合わせていたのだとしたらとんでもない人だ、と少年は思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二日後、
この二日間、少年は久しぶりの平穏を味わっていた。
こんなにのんびりとしているのは何時ぶりだろうか。ひょっとすると勇者の一行に参加する前かもしれない。
少年の部屋には時々オリヴィエが使用人を連れて話を聞きに来る。勇者の一行が倒した怪物の記事を見つけてきて「この怪物はどんな大きさだったか」とか、もしくは東の秘境の景色はどうだったか、そんな今まではただ任務として行ったことの感想を求められて初めて「そういえば秘境の景色は絶景だった。」等と思い出すのである。そんな事をオリヴィエに話すと「やっぱりそうなのね!」と目をキラキラと輝かせて、「自分はこんな土地に行きたい」とか、「こんな怪物が居るかもしれない」と話すのである。
オリヴィエは空想の冒険の話をした後に満足そうにうなずいてばあやに呼ばれ部屋を出ていく。ジョゼフ曰く彼女はこの家を出たことあれど本当の意味で一人で外に出たことは無いのだそうだ。親が過保護というのもあるが、身分が身分なので一人で出歩く事が出来ないのだ。本人は自分の状況に理解をしている。その上で、現実にはならない自分の未来をああやって語っていたのである。
そんな自分の恩人に少年は勇者の旅での出来事を話したのである。
一方でこの二日間で少年の体は順調に回復していた。この屋敷に来たばかりの時には物に捕まって立つのもやっとであったが、今では立って十分に歩ける様にまでなった。
元々大きな傷も無く怪我は直ぐに治る見込みだったが、マトコルお抱えの医者曰く、「呪いとやらで体の能力が一気に下がったことで頭が変化に追い付けなかった」事で今まで立つことが出来なかったようだった。
「体調はどうだね?」
昼を過ぎた頃、マトコルがやって来て少年に体調を訪ねた。
「お陰様でここまで回復しました。」
そうかそれは良かったとマトコルも頷いている。
少年は医者の言葉を思い出す。
「人は産まれた時から女神様に祝福を受ける。今君に起こっているのは呪いによってその祝福が消えてしまっている。だが女神の祝福を消す呪いなんて伝承でしか聞いたことがない。残念だが呪いを戻す方法は私には解らない。」
呪いは自分で解くしかないだろう。
「回復した以上、この屋敷に留まる理由は無くなった。迷惑になる前に直ぐに出ていく、そんなことを考えているのじゃないかね?」
マトコルの言葉は図星だった。
「ここで働いてみてはどうだろう。」
少年にとってはとても意外な言葉だった。
この人達にとって自分が居ても良い事は一つも無いのに。
「いや、実はばあやがな?「急に屋敷に一人増えても『使用人』にすればいいだろう」と。」
「旦那様!私はただ、お嬢様が「クロが居なくなるのが嫌だ」というから!」
オリヴィエがマトコルに泣きついたのだろう。ばあやは仕方なくこの案を出したようだ。
「それにこの街は私の領地、君がこのまま出て行って騒ぎになるのは困るしな。」
マトコルはニヤっと笑って少年を見る。
(どうしよう、断る理由がなくなってしまった。)
確かに今自分が出て行っても気付かれずに領地の外へ逃げるのは難しいだろう。この家の人たちに迷惑はかけたくない。
「取り合えず私の領地で騒ぎが収まるまで、その後は君の好きにしたらいい。」
「…分かりました。ですが騒ぎが収まればすぐに出ていきます。」
少年のライダット家使用人としての生活が始まった。
裏切られた暗殺者《アサシン》は @mousuguharudesu
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