いきさつ

「あの男の子が目覚めたと聞いたわ!」


 ドアが開け放たれると同時にそう言って部屋に入ってきた少女に、少年は見覚えがあった。

 自分がこの家の庭で出会ったあの少女だ。


「お待ちくださいオリヴィエお嬢様!廊下では走ってはいけないと何度申し上げたら!」


 後から少女の付き添いだろうか、メイド姿の年老いた女性が後から入ってきた。


「あらばあやイイじゃない、私のお家でしょう?」


 オリヴィエと呼ばれた少女は反省など見せず老婆のお小言も聞き流している。


「女性が走るなどはしたない、と申しているのです!」


「まあまあ、いいじゃないか、活発なのは悪い事ではないだろう?」


 マトコルは満面の笑みで少女の頭を撫でている。


「ですが旦那様!活発すぎる・・・のは問題なのです。現に見ず知らずの少年を庭で拾ってきてしまったではないですか!」


「そんなことより!お父様、あの子は起きているのでしょう?お話がしたいわ。」


 オリヴィエはベッドの上の少年を見つけ近寄ってきた。


「お嬢様、」


 ジョゼフは少年とオリヴィエの間に立ち、


「少年はまだ疲れている様子、まだダメージも抜けきっていません。どうでしょう、ここは少年が全快するのを待ってからお話してはどうでしょう。」


「…爺やがそういうのなら仕方ないわね、いいわまた今度にしましょう。」


「そうだ、そろそろおやつの時間だ、ばあやにお茶を淹れてもらうと良い。」


「行きましょうお嬢様!」


 残念、と少女はばあやに半ば引きずられるように出て行った。

 閉められた扉の向こうから「全快まであと何分待てばいいのかしら?」等と聞こえてきたが聞かなかった事にしようと少年は思う。

 少年がマトコルを見るとマトコルの顔にはまだ笑みが残っている。親バカというやつなのだろう。今も「オリヴィエは可愛いなぁ」と呟いている。


「あの……」


 そんなマトコルに少年は話しかける。


「ライダット様のお嬢様ですよね…?」


「ん?、可愛いだろう?」


 ニコニコとマトコルが答える。


「僕をここへ連れてきたのはお嬢様なのですか?」


 先ほども「少年を拾ってきた」という話をしていた。


「庭で散歩していた時にボロボロの君を見つけたそうだ。ばあやなんかは嫌がっていたが君を介抱しろとオリヴィエがうるさくてね。オリヴィエはあんなに可愛いだろう?一目見ようとあの塀を乗り越えようとする輩まで居るのだ。庭にいたということは塀を乗り越えてきたという事、介抱するにも念のためと君の事を調べさせたら君は有名な暗殺者だったというわけだ。」


「ちなみに僕が「輩」だったとしたらどうなっていたんですか…?」


「娘に手を出す奴には容赦しない。」


 即答だった。マトコルの目が笑っていない。

 少年はあの時間違っても攻撃しなくてよかった、そう思いつつマトコルに疑問を投げかける。


「それを知った上で何故僕を留まらせているんですか?」


 先程とは変わってマトコルの表情が真剣なものになる。


「君とは別に勇者様の動向については私も興味あってね。もちろんそのパーティの一員であった、君の情報も指名手配当初から仕入れていた。だが私はその情報の中で君の行動に少し違和感を覚えた。そう言えば、君は自分が何の罪で追われているか知っているかい?」


「はい…殺人、ですよね…?」


 少年が逃げている途中も自分の手配書は何度も目にした自分の手配書を思い出す。


「そうだ、君は勇者と同行している最中勇者に隠れて二十人以上の罪の無い人達を殺害している。実際、その被害者も確かに確認されている。」


「でもそれは…!」


「君の言いたいことは分かっている。冤罪だと言いたいんだろう?」


 少年をの発言を制してマトコルは話を続ける。


「私が感じた違和感は正にそこだ。手配書から伝わってくるイメージと実際の情報とで差があるのだよ。」


「差、ですか…?」


「例えば逃亡中、君は一人も追手を殺してはいない。それどころか攻撃すらしていないだろう。二十人以上殺した殺人犯、しかも勇者のパーティに居た暗殺者だ、追手を殺すなどわけないだろう?」


「殺す必要のない人間は殺さない、そう師匠に言われていましたので…」


 師匠の教えがこんなところで役に立つとは、と少年は思う。


「君の言葉を信じるのならやはり無意味に罪の無い人を殺しはしないだろうな。」


 マトコルは顎に手を当て少し考える。


「どうだろうか、君が追われた経緯を話してくれるかな?」


「はい、と言っても僕自身も身に起こっていることは把握できていませんが。」


 少年は事のいきさつを話し始めた。


「勇者様とその一行の役目は『この世を平和にする事』。モンスターが暴れればそこへ、危険な盗賊が出ればそこへ出向き勇者様の力で解決します。具体的には言えませんが国から依頼を受けて今回も旅をしていました。途中、目的地にほど近い街で一泊することになりました。勇者一行での僕の主な役目は情報収集です。もちろん戦うこともできますが、勇者様が情報収集役が欲しいと国へ要請して派遣されたのが僕でした。今回も国の依頼について少しでも情報を、と言われ宿に着くと直ぐに情報収集へ向かいました。事が起こったのは僕が宿に戻った時。兵士が勇者様を訪ねていました。話を終える頃を見計らい勇者様へ報告をしに行きました。僕に会うと勇者様は「街で殺人があった」と言ってきました。恐らく先に来た兵士が伝えていったのでしょう。もちろんその殺人に僕は無関係です。ですがその後、目撃証言等が寄せられ僕が疑われていきました。勇者様はそんな僕に「姿を隠して逃げろ、俺達が誤解を消しておく」と言いました。僕は勇者様の指示で一つ前の町まで戻り、誤解が解けるのを待つことにしました。その後言われた通りに潜伏していましたが二日後、潜伏先に兵士が来ました。事前に気づき逃げる事が出来ましたがその後も追われ続けそしてこの家の庭に行きついたという事です。」


「ふむ……どう思う?ジョゼフ。」


「そうですな、勇者一行に裏切り者が居たと考えますが。」


「ちょっと持ってください!裏切り者って…!それに一体なぜ僕を?」


「君は勇者一行の中でも特に国と繋がっている。そんな君が邪魔な人間が一行の中に居たと考えるのがいいだろうな。それに国の暗殺者が見つかるには二日は短すぎる。誰かがリークしたに違いないな。」


「それでも…勇者様は、勇者様は誤解を解くと…!」


「だが今の状況だ。その裏切り者に丸め込まれたのかもしれない。」


「そんな…」


「まあ、まだ裏切られた、と決定するには情報が足りないな。こちらでも情報を集めておこう。」


「あの…僕は…」


 少年は自分も何かをしなければと思い口を開くがその後が出てこない。さっき見た自分の能力、あれは自分が非力であることを指している。そんな自分が今、何かをできるのだろうか?そんな考えが少年の頭によぎる。


「君は傷が癒えるまでここに居ると良い。もともとは娘が君を見つけてきたんだ、娘の為にも君に何かしようとは思わない。だが………娘には絶対に手を出すなよ。」


 今日一番の怖い顔を見せたマトコルはそれでは、と呆気にとられる少年を置いて部屋を出て行った。

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