赤いおじさん

まちこ

1

 赤いおじさんがあるいています。まっ白い雪の中です。いっぽ、いっぽ、いっぽ、穴のような足跡を雪にあけて、いっぽ、いっぽ、赤いおじさんは歩きます。赤いオジサンは怪しい侵略者のようにも見えます。

 おじさんは自分の家に向かっています。おじさんの家は東京にあります。

東京のスクランブル交差点では、たくさんの人たちが歩いています。白い息がクラゲになって、人間どもの頭上で踊っています。でも誰もそんなことには気づきません。そして赤いオジサンは知っています。そのクラゲが雪を降らしていることを。そしてそのクラゲがあんがい美味いということを。

 赤いオジサンがクラゲを食べたのは、まだ赤いオジサンが黒いオジサンの頃でした。年齢にして、7歳です。母親がキッチンの戸棚の奥に隠していたのを、こっそりとりだして食べました。クラゲは口の中でわたげのように溶けて、甘いあと味をのこしました。それ以来、オジサンはクラゲが好きになりました。いつか、自分でこのクラゲを狩りにいきたいと思い、ネットをつかってクラゲの出現地を調べました。しかしネットのなかをいくら探しても、それはでてきませんでした。手にできた情報としては、食用クラゲは6種類ということと、キクラゲというトリッキーな名前のキノコがあることです。オジサンはがっかりしました。赤いオジサンはあきらめきれません。いつか絶対につかまえてやろうとおもいました。

 36歳になった赤いオジサンは今までに感じたことのないような大きな衝動におそわれて、雪山へと向かいました。出てきたときには89歳でした。宇宙がもろにその肌を露出し、星のよく見えるある日、赤いオジサンは雪山の頂上で空へ昇るクラゲの大群を目にしました。そしてすべてを理解しました。雪のふる日、小学生が口をあけて雪をうけとめるのは、そのためでした。

 赤いオジサンは、ゆっくり歩きだしました。


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赤いおじさん まちこ @HU_zoo

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