騒動
「そーーーうなんですう! 確かに私たちは見ました! あれは幽霊の仕業です!」
ここは演劇部が使っている教室。文化祭に向けて色々準備しているようだった。窓には暗幕が張られ、机や椅子も片付けてあった。
「大道具で使う肖像画の目が動いたり! あと窓に幽霊が映っていたんです! 幽霊の姿を見たら、私たち倒れちゃって! これはきっと幽霊の呪いですーー! なんとかしてください!」
「わ、わかりましたから落ち着いてくださいっ!」
森本に迫る演劇部の女子。部長なのだろうか。しかしそんなことは俺の知ったこっちゃない。森本といい、なんでこう俺の周囲にはやかましい奴が多いのだろう。
俺たちが教室の隅で会話している最中にも、演劇部は忙しなく動いていた。一年生と二年生だろうか。大道具を動かしていたり、何かの打ち合わせをしていたり。ふと壁に目をやると、そこには女性がこちらを見つめている肖像画が飾ってあった。なるほど、目が動いた肖像画はこれか。
「倉間。どうする? これは俺たち生徒会の領域じゃなくて、霊媒師とかの領域なんじゃ……」
「くだらない。幽霊なんているわけないでしょ。この二十一世紀の科学の時代に」
森本は演劇部の話を聞いて、すっかり怯えてしまっている。さっきの暑さは何処いった。
「じゃあどうすんだよっ……こんなの俺たちの手に負えな……」
「森本。ちょっと俺を一人にしてくれないかな」
「えっ?」
「演劇部の皆さんも……一回この教室を出てくれませんか。ほんの数分でいいので、この教室を空けてもらいたいのです」
俺は演劇部にそう呼びかけた。部員は一斉に俺の方を向いて戸惑っている。
「……ここは……生徒会の皆さんに任せて、私たちは教室を出ましょう」
さっきまで俺たちと話していた女子がそう指示した。すると部員たちは戸惑いつつも教室を出ていった。
「倉間……! どうするつもりだっ?」
「少し俺を一人にさせてほしい。森本、演劇部の皆さんを別の空き教室……そうだね、三階にある空き教室まで誘導してほしいんだ」
「なんのためにそんなことっ……!」
「いいから。少し俺に考える時間をくれない?」
訝しげにこちらを見つめながらも、渋々森本は教室を出ていった。
さて、これでこの教室には俺一人だけとなった。しんとした教室。俺は教室の中央へ向かってゆっくりと歩き出す。そして、
「そろそろ出てきてくれないかな、幽霊さん」
教室にいる『何か』に向かってこう声をかけた。
その瞬間から教室の空気が一気に重々しくなった。教室の明かりは消えてしまった。肌で感じる空気。ああこれはやばいやつだ、そう俺は察知する。空気だけで体を切り裂かれてしまいそうだ。
教室の隅から出てくる黒い「何か」。胴体から伸びる大きな腕を持ったそいつは、ゆらゆらと浮遊している。最早あれが幽霊かどうかもわからない。化物だ。しかし今、そんなことを気にしている場合ではない。とにかくあれを倒さなくては。
「こちとら睡眠を邪魔されて機嫌が悪いんだよ……! 悪いけど、秒で終わらせるから」
ポケットからスマホを取り出し、電源を入れる。俺はとあるアプリを起動させた。その刹那、スマホは閃光を発し俺を包み込む。
全ては一瞬だった。一瞬のうちに俺の制服は戦闘用の黒い服に変わった。手にはスマホを持ったまま。俺はさっき開いたアプリを素早く操作する。
しかしあの黒い化物もそう大人しくはしてくれないようだ。変身した直後、すかさず俺に物理攻撃を仕掛けてきた。黒い大きな腕が俺を襲おうとする。物理攻撃が効くかどうか知らないが、でもあれに当たったらやばい気がする。俺はそれを既の所でかわした。
「ちっ……動きが早いな」
アプリを操作し終わると、スマホがきらりと輝いた。この闇に似つかわしくない、光。
俺は黒い化物の方に向き直り、こう言い放つ。
「残念だけど、お遊びは終わり。永遠の眠りに誘ってやるよ」
スマホの画面を化物に向ける。画面は眩しいほど輝き、黒い化物を吸い込んでいく。ビリビリと感じる衝撃。スマホを持つ右手が震える。しかしここで落としてしまったら全てが水の泡。あの化物を回収できなくなってしまう。俺は衝撃をこらえながら、スマホが化物を吸い込み終わるのを待っていた。
回収が終わると電気は復旧した。安堵感が湧き上がる。ああこれで終わった。肩の力が抜けしばし放心状態に陥る。いけない、余韻に浸っている場合ではないのだ。俺は慌ててアプリを終了させ、元の制服姿に戻った。
「ああ……森本たちを呼びに行かないと……めんどくさ」
そう、まだ全部解決したわけではないのだ。この事態をどう説明するか……俺はこの状況をどう上手くごまかそうかと考えながら、森本たちを呼びに教室を後にした。
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