探偵ごっこ

飛竜

探偵ごっこ

 少し前に大喧嘩をした友人が、これができたら許してやると言って挑戦状を叩きつけてきた。渡された三つ折りの白いコピー用紙の上で目を引く、行書体の「挑戦状」という大きな文字。その下に一文。


「演劇部が演じる、新作ミステリーを解いてみろ」


 その友人は演劇部で脚本を書いていた。友人は自分のミステリーに相当自信があるのか、俺に探偵役をしろというのだ。しがない卓球部員である俺のために、演劇部がわざわざお家芸をお披露目してくれるというのか。


「いや、来たる文化祭のためのリハーサルついでといったところさ。演劇部もそこまで暇じゃない。」


 と友人は男にしては妙に高い声であっけらかんと答えた。


「探偵役は俺がやっていいのか?」


「ああ。元々、演劇部の演じる役に探偵はいないからな。」


 探偵のいないミステリー劇はどう終わるというのだろう、と疑問に思う。まあ、いい。文化祭前の運動部は文化部に比べると暇なんだ。演劇部の手伝いだと思えばなんてことない。


「そういうことなら受けて立とうじゃないか。」


 探偵役を気取って、俺はシニカルに笑った。



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 友人によると、「探偵」が解決する謎は殺人事件なのだという。


 物騒な、と思った。学校が舞台のミステリーで何も殺人を選ばなくても、血を見ない謎なんてたくさん作れそうなのに。脚本など書いたことのない俺は、偉そうにそんなことを考えていた。


 喧嘩からまだ仲直りをしていない俺たちは、友人同士とは思えないほど不自然な静かさで校内をスタスタ歩いた。向かっているのは、他の教室から隔離されたような場所にある美術室だろうか。進むたび、廊下で文化祭の出し物の準備をする生徒の数は徐々に減ってゆく。そして思った通り、美術室の前に着いた。生徒たちのいる教室とは階も違い、階段からも遠いこの特別教室は文化祭の浮かれた雰囲気など微塵も感じさせなかった。なるほど。これは殺人現場にはぴったりである。乱雑な教室内を人目から避ける、年季の入った木製のドアには磨りガラスの小さな窓が付いている。そこからは教室内の薄暗さだけが確認できた。


 ガチャ


 友人は持っていた鍵で大げさな音を立てるドアを開けて、ガラガラと目一杯に開いた。真っ白な顔の胸像に描き途中のキャンバス、散乱した絵の具や絵筆による色彩とシンナー臭の暴力に、俺は頭がクラクラした。足元に気をつけながら教室の真ん中まで来ると、窓際の机の陰にスカートをはいた人間の足が見えた。俺と同じカラーの上履きを履いている。同じ学年の女子か。


 さらに奥に進んで、ドキリとした。


 演技だとはわかっているが、後頭部にねっとりした赤い液体をつけた人間が床に転がっている状況、というものは中々怖いものだ。恐る恐る被害者役の女子の顔を覗き込んでみると知っている顔だった。演劇部の女王と呼ばれる、演技がうまくて美人と評判の人物だ。それらと強気な性格も相まってそれはそれは人気があるのだが、先日恋人ができたらしいと学校中の噂になっていた。彼女が被害者役ならドキリとさせられたのも納得だ。何せ彼女は演技が上手いのだから。それによく見ると、呼吸で身体が微妙に上下している。ようやく俺の緊張が解けた。


「おまえには彼女を殺した犯人を当ててもらう。校内にいる演劇部が容疑者だと思って貰えばいい。犯人がわかったら、そいつに『おまえが犯人だ』と言う。わからなかったら、この部屋に戻って被害者役の彼女の肩を叩いてくれ。制限時間は二時間だ。」


 友人は被害者役の演技力に驚く俺に向かって、ニヤリと挑戦的に笑った。


「勝負始め!」


 友人が机の上のタイマーを押した音が聞こえると同時に、俺は美術室を飛び出し階段へ走った。



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 俺の作戦はこうだ。

 一階から徐々に上へ登っていき、演劇部員を見つけていく。一年生から三年生までの演劇部員の人数はわからないから、もう手当たり次第だ。(いったいこれは作戦と呼べるのか、といったような疑問はこの際置いておいてほしい…)


 それに校内中を回るのに制限時間が二時間ともなるとかなり急がなくてはいけない。途中で悪友たちに捕まったらあっという間だな…とため息をついているうちに一階についた。

 1階は文化祭限定の部室が集まっていて、文化部には一部屋ずつ、運動部には全体で三部屋与えられている。ざっと見た限り、運動部の部室には部員の荷物だけが取り残されている。運動部員が中心になってクラスの出し物の準備をするから、今日はどの部活も休みだ。しかし文化部の部室はスーパーのタイムセールのように人や物がごった返していた。




 各々練習していて、様々な音が混じり無秩序な「音楽」しか聞こえない吹奏楽部。

 涙を浮かべ腹を抱えて和気あいあいと動画編集するパソコン部。

 ビニールシートとシンナー臭に包まれながら看板製作をする美術部。

 延々と同じフレーズを繰り返しハモらせる合唱部。

 パンフレット制作に追われ大量の紙と格闘する演劇部。


 これらの部活にいた人に「演劇部の方はいませんか」と声をかけていく。

 もちろん、演劇部の部室にはいた。しかし彼らに「あなたは犯人役ですか」と聞いても、誰1人として「はい」と言わなかった。

「では、犯人役が誰か知っていますか」と聞いても、「わからない」と皆口々にそう言った。「役の振り分けは脚本担当が決めているし、犯人役は一人芝居ばかりで、まだ被害者役の部員しか犯人役を知らない。明日から通しをするから1日待てばわかる」というのだ。

 脚本担当とは友人のことである。用意周到なあいつのことだから、自分と被害者役しか犯人を知らない状況で挑んできそうだ。近道を邪魔された気分になって、俺は苦虫を潰したような顔になった。こんなに本格的だとは聞いていない。まるで俺のために演劇部が動いているような、計算された日程と構造ではないか。



 パソコン部にいた演劇部員からは、同じような返答に加え、演劇部員の総人数を聞いた。

 21人。

 1階で見つけたのは12人だから、残り9人。

 そして1階を回った時点で残り時間は1時間半。三十分ずつ4階まで登っていけば、ギリギリ間に合う時間だ。となれば急がなくてはいけない。貴重な情報をくれたパソコン部にいた演劇部員に礼を言って、校舎の端にある階段をかけ登った。



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 二階は一年生の階だ。懐かしい。俺が二階で文化祭準備をしたのは2年も前のことなのかとしみじみ思った。

 まだ授業があるので一階よりは教室の原型が残っているが、やはり物と人は多い。かつてはゴミだったダンボールを中心に、文化祭用のアトラクションを作らねばならない一年生なのだが、一部の人だけが頭を抱えルーズリーフに筆算を並べている。後はクラスメイトと床に座り込んで会話に花を咲かせる生徒ばかりだ。俺たちが1年の頃にも似たような光景が繰り広げられていた。かくいう俺は話し合いにも会話にも参加せず、友人たちとバカ騒ぎをしていたのだが。


 教室を一つずつ回ってみたが、1-3に2人いただけだった。そして同じく「あなたは犯人役ですか」と聞いてみるのだが、上級生相手に緊張するのか、目を泳がせながらしどろもどろに「違います」と言った。困った。すると、あからさまに困り顔になった俺を見て、


「あの…1年生にはいないと思います…。今年は全員裏方なので……。」


と謙虚な態度で情報を口にした。貴重な情報だ。俺は彼女の言葉を信じて3階への階段に向かった。



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 なんという事だ。2年生の演劇部員に聞いても、3年生の演劇部員に聞いても、誰も「自分が犯人役だ」と言わない。…もしかして犯人役は嘘をついているのか?……そうとしか思えなくなってきた。考えてみれば犯人が「自分が犯人だ」と答えるわけがない。これはミステリーなのだから手がかりなどを探して考えるべきなのだ。最初の作戦立てから間違っていた。俺は思っていたより馬鹿だった。

 残り時間は10分。だめだ。潔く諦めよう。


 俺はうなだれてとぼとぼと美術室へ向かった。しかしその途中の階段付近で、下の階から荷物を持って上ってくる賑やかな連中に見つかってしまった。


「おまえーー!クラスの準備放り出して何してたんだよ!!もう終わっちまったけど片付けくらい手伝えよな!!!」


しまった。あとはこのミステリーの答えを知るだけなのに、ここで捕まってしまいたくない。


「あとちょっとで用事終わるからさ……。今はカンベン!」


「ええーー!!用事って何だし!!俺ら疲れたんだよーー手伝えよーー」


俺も疲れたわ!と思いつつ、


「ほんと今だけはカンベンして!明日頑張るから!」


両手をパンと合わせながら早口に叫び、逃げるように同じ階の美術室へ走った。



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 後から奴らが追ってきたら嫌だなと思い、鍵をガチャリと閉めた。途端に音がなくなって、鳥や飛行機の微かな雑音だけが聞こえる。さっきまで見てきたタイムセールのような教室とは大違いだ。別世界へ来てしまったような心細い気持ちになる。

 あいかわらず美術室は乱雑な部屋だ。真っ白い胸像は窓からのオレンジ色の光で影をつくり、より一層悲哀に満ちた表情をしている。キャンバスを彩り、ついでに床や机も着色している絵の具も、さっきより暗い色に落ち着いている。

 そして開かれた窓の近くには、変わらず演劇部のマドンナが倒れていて、細い足だけが見えた。


「あの、演劇部の脚本のミステリーを解くように言われてた者なんですけど。」


 おずおずと話しかけながら被害者役に近づく。友人には被害者役の肩を叩いて降参するように言われていたからだ。しかし被害者役の女子生徒は少しも動かない。鍵を閉めたドアに隔たれて、校舎内の音は全く聞こえない。辛うじて窓から誰かの「バイバーイ」という声が聞こえるだけだ。


「えっと、犯人わかりませんでした。降参です。もしかしてあなたの自作自演、とかいうオチじゃないですよね。」


 そう白旗を上げて肩を叩こうとした。

 すると、被害者役の女子生徒と目が合ってしまった。

 その目は、虚ろで、驚きを持って見開かれていた。演技にしてはリアルすぎる。

 肩に置いた手がぬるっとする。俺の左手は赤黒く染まった。

 息を吐く音は聞こえない。


「それはちがうよ」


 女の声とも違う、声代わり前の男子中学生のような妙に高い声が、後ろから聞こえた。


あれ……?俺、鍵閉めたのに…?

入ったとき、誰もいなかったと思ったのに…?

そして、この声は…?

そして、この、本当に死んでいるように見える女子生徒は…?


 真相は全て俺の後ろにある気がして、振り向こうと首を動かした、瞬間、首の後ろでビリビリと電気が走った。

スタンガン…?

…………

…………



 遠のく意識の中で、俺の右手に重たい陶器の像を押しつけられているのが最後に見えた。像の地は白いはずなのに、先が、赤い。

 でも、もう…頭が働かない………



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



翌朝。


『○日、□□の△△高等学校で、後頭部打撲による女子生徒の遺体が発見されました。そして、その女子生徒の凶器と思われる陶器の像を持った、同じ学校の男子生徒の遺体も見つかっています。男子生徒は女子生徒の遺体が見つかった4階の教室から飛び降りたと思われています。警察は無理心中と見て捜査を………………』


バチン


その男はテレビを消すと、学生カバンを背負い込んでいつかのようにニヤリと笑った。


「犯人は僕でした♪」




BAD END

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探偵ごっこ 飛竜 @rinky

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