第6話 初日だよ!
目を覚まして見知らぬ天井に首をかしげる。あたしは自分がどこにいるかわからなかった。
「こら、起きなさいよ! 朝食後、仕事よ」
扉をどんどんとたたく音がする。
フロロールの声だと気づくまで五分ほどかかった。そこから慌てて跳び起きて用意されている服を着る。
いやー、目覚ましもないのによく目が覚めたって自分をまず褒めたい。
それよりフロロールたちはどうやって起きるんだろう? 目覚まし時計があったりして?
茶色のワンピースと白いエプロン。フロロールが着ていた服と同じだ。着てみるが、似合わない。
髪の毛は後ろ目まとめる。ただし、少々短いため、今一つまとまらない。それでも三角巾をつければ表向きは髪の毛が落ちない格好になった。
一階に下りると、両親世代の男女と若干年上の青年がいる。
「君が、ヒデオ君の知り合いだね。フローからは聞いているよ。短い時間でも手伝ってくれるのは助かる」
フロロールの父親と名乗る彼はビール腹を揺らしつつのんびりいう。
「あ、はい、雇っていただいて嬉しいです。本当、よくわからないから」
「かまわないですよ。それほどお金は出せませんが、従業員用の宿部分ですし、きちんと働いてくれれば」
フロロールの母親と名乗った女性もおっとり言う。ただし、内容は結構シビアかもしれない。
働けないなら不要という言葉が見え隠れする。
「まあ、よろしく」
フロロールの兄と名乗る青年はそっけない。それでも、三人ともフロロールとどこか似ているけれど違う。
家族という雰囲気はつながっている。
「ウエイトレスはやったことありますか?」
母親が問う。
「いえ、初めてです」
「メニュー読んで……」
「よ、読めないんですけれど」
「え?」
フロロールはさげすむ表情になるが、兄の方が「あっ」と小さく声をあげた。
「ヒデオ君も読めないって言っていたよな。言葉は通じているけど、字が違うって」
この瞬間、全員がしまったという顔になった。重要だね、結構。
料理の名前が一緒ならば問題はないけれど、昨晩の様子だと絶対違う。パンとか小麦なんか、一般的な同じような気がする。
……そこは深く考えてはいけないかもしれない。
「一日中掃除っていらないし」
「それより手までもメニューを読むから、記憶してもらうのが一番楽じゃない?」
「それはそうだが、覚えられるか?」
「羊皮紙とペンがあれば行けるんじゃないか?」
「字を知らなかったり」
「こら」
家族会議が行われているあたしも困り顔である。その間に出遅れている朝食を取っておく。腹が減ったら何もできないから。
「メニューはこれなんですが、全部覚えられます? 100近く」
料理の内容が同じなら話は別なのだが無理と素直に告げる。
「羊皮紙とペンは貸すから、読んだのを記録してくれる?」
「はい、それでお願いします」
話はついた。
メニューを読み上げるフロロール、書き上げるあたし。
「セットもあるのね」
「まあね。セットは昼も夜も出るわ」
「夜の場合はそれにプラスしていく感じなの?」
「人によるわよ」
「そりゃそうよね」
開店前の準備をしたり、忙しく動く。
そういえばあたし、バイトって初めてだ。
フロロールとは初顔合わせの時、嫌かもと思った。仕事だけになったら嫌な子には思えなかった。
出会い方って重要だ。
それに、彼女自身、仕事とそれ以外は分けている感じだ。それって難しいことだとあたしは思う。
う、実はフロロールってすごくできる子なのかな。
掃除に関しては何とかなる。難しいけれど、ホウキと塵取りの形なんて変わらない。変わっていてもやることは同じ。
テーブルと椅子を拭いたり、室内の汚れを取っていく。
その間にも厨房では下ごしらえが進んでいるようだった。
十一時くらいに開店する。昼間の営業だという。
ここはホテルもあるため朝も動いてはいるのだ。朝食がいる人もいればいらない人もいる。早く出かける人もいると結構ばらつきがあるという。
フロロールの一族の人が雇われているそうだ。さすがに一日中仕事はできない。眠る時間も必要だ。
開店直後、昨日のイケメンが来た。
「アルファさま」
カウンターにいたフロロールの母親が驚く。
「昨日の小娘……がここで働いていると聞いたから見に来た」
「キキちゃんですね。キキちゃん、ちょっといらっしゃいな」
穏やかに手招きをしている。内容も聞こえていたし、安心してあたしは近づいた。
「あの、ありがとうございました」
突然あたしは頭を下げた。
「不審者だといっていきなり逮捕とかしないでくれて」
「そうだな、私のすべてを見たのだ、本来なら……何かもらわないとならない気もする」
まじめな顔でアルファは言う。顔の雰囲気だとチャラい感じはしたけれど、きちんと洋服を着て、こういった表情をしていると、なんとなく人望の厚いイケメン騎士と感じた。
会話の内容があれだけど。
「ちょっとーなに、あの子」
「アル様のすべてを見たって」
「何事よ」
ぼそぼそとする声がアルファとお付きの後ろから聞こえる。女性の声だな。
ぼそぼそ、って以上に聞こえているけれど……。
彼女たちはあたしとこのイケメンの間に何があったのかと疑っているのだ。まあ、疑いたくなるような内容だけど。
「いえいえ、全く見えていません。ご安心ください」
あたしは一応たたき切っておく。確かに見たのだ、立ち上がった際に、あれを。
意識しなければ良かった。いや、思い出させたのは当の本人だよ!
お父さん以外の人の見たのは……げふんげふん。
「そう力説されると本当か疑いたくなるが……異世界の者には興味がある」
ずいっと一歩前に出てきた。
きゃああという黄色い悲鳴が外から聞こえる。
扉しまっていないから。
そもそも、営業妨害ではないのだろうか?
「えと、アルさん、お食事でしたら席へどうぞ」
「別に……そういうつもりで来たわけではないがな」
「入り口ふさいでしまったので」
「ああ、そういうことか」
アルファは苦笑する。あたしの発言は実に実務的な内容だ。
「せっかく来たし、食事して行こう。ミルセン、カリオ、それでいいか?」
お付きの二人は従う。
奥の席に三人はつく。主従があるとこういう時、二人は食べないことも考えられたけれど、三人分料理を注文してくれた。
なお、彼についてきていた人たちも客となった。
フロロールの母親はこぶしをきゅっと握って、力強い目であたしを見てきた。
サインが同じかわからないけれど雰囲気的に「よく言った」という感じ。客が増えたのだからね。
アルファが入ってくれたおかげでもある。そのまま出て行ったら……普通だったわけだけど。
ここまでは序の口だった。
客がどっと入ってきて天手古舞になったのだ。
休憩時間になった瞬間、テーブルに突っ伏した。
「ご苦労様」
フロロールの兄がパンとサラダと何かの肉のから揚げみたいなのが載った皿を置いてくれた。
「ありがとうございます」
「よくやれたなって」
「いや、必死で。良くできたのかもわからないです」
「そうか? 夜はいいから、町でも見てくればいい」
「え、でも」
あたしはフロロールの家族を見渡した。
「せっかく来た世界も見ないのもったいないですよ」
「わしが同じ立場なら、絶対見てくる」
夫婦仲良く言った。
「ありがとうございます」
このとき、先輩を朝から見ていないことに気づいた。
昨晩「姫」という名があがっていたので、その関係でいないのかなと思った。
フロロールはため息を漏らす。
「しょうがないわよ、姫様にしたら、ヒデは命の恩人なんだていうんだもの」
「すごい、先輩」
「そうよ、ヒデはすごいのよ」
フロロールは胸を張る。少し寂しそうな声であるのは姫に太刀打ちできないからだろう。
「ま、あんたとなら張り合える気がする」
「……気づいているの」
「当たり前でしょ! あんただって気づいたから、私に微妙な視線向けたんじゃないの?」
あたしはフロロールに図星され笑った。
「引かないけれどね」
「それはこっちも一緒」
しかし、姫という存在には負けそうだ。
その敵に対しては共闘がいいだろうなと思っている。きっとこの子も思ったのだろう。
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