第5話 ようやく、先輩に会えた!
食べ終わったころ、近寄ってきた人がいた。
その影であたしは顔をあげた瞬間、思わず立ち上がる。
「う、うわああ、先輩! 本当に先輩だ!」
「ほ、本当だ、いた!」
走ってきたらしい先輩は肩で息を付き、顔が真っ赤だ。そして、あたしの顔を見た瞬間、へなっとなった。
すごく心配されていた?
「いや、なんで……ここにいるの?」
「先輩の声が聞こえて、部室にいなくて。ロッカー開けたら変だったから触ったら……ここにいた」
先輩は肩で息をするのを調え、そして、あたしにまじめな顔を向けた。
「良かった、無事で」
「ミルセンさんはいい人だし……」
「じゃなくて! ここの世界のどこに飛ぶかわからないんだ……初めてだと特に」
「え?」
その言葉にあたしは青くなる。
「な、なら、前……変な生き物に遭ったのは」
その瞬間先輩は驚いた顔になる。
「いや、会長から話は聞いていたけど、夢であって……」
先輩は今現在のことも夢で済ませたいよね。
「靴は泥だらけだったんですよ?」
「……う、無事で何より」
先輩は近くの椅子を引くと座った。そして、深呼吸を一つする。
「フー、サンタ茶頂戴」
「かしこまりました♪」
弾むように彼女はカウンターに行く。ん? やっぱり彼女、先輩のこと好きだね……。今のやり取りであたしは確信した。
その先輩は今、考えるポーズをしている。かっこいいところがもっとかっこよくなる!
「戻るのってね、特定の手順を踏むか、衝撃を受けるっていう二つがあるんだ」
極端だ。
「……昨日転んだところで戻ったということですね」
「……下手すると……あ、いや……」
最後まで言わないが言うことは分かった。
――死の衝撃で戻る。
戻ったところで、現実世界でも死んでいることになんだよね……先輩の様子だとたぶん。
「サンタ茶です。ヒデ、氷いる? 暑いでしょ?」
「いや、いいよ。もう、落ち着いたから。ありがとう」
「いえいえ」
お金を受け取り立ち去る。
「俺は暫くいるけど……君は戻るよね」
「え? あ、まあ」
先輩の邪魔になるなら帰った方がいい。
しかし、異世界に来ている、という実感がわいてきたため、戻ることができるなら暫くいたいとも思う。
余裕ができると考えが浮かぶ。
今の状況ってどうなんだろう。あたしは行方不明になっているのだろうか?
でも、先輩が頻繁に行方不明になるという話は聞いていない。
「どうしたの?」
顔に出ていたのか先輩が尋ねてきた。
「あ、いえ……せっかくなら、もうちょっと見たいなとか……あー、でもお金ないし……あと、行方不明中? 帰った方がいいですよね」
現実を思い出す。食事もミルセンにおごってもらっているし。
先輩はお金を持っているみたいだ。先ほどさらっと払っていたし。
ここに暫く滞在したいけれどできないという何とももどかしい気持ち。
「時間もお金も……そこは気にしなくてもいいよ。時間はずれを戻すのかいなかったことにはならない。お金に関しては俺が前もらった賞金あるし、君くらいなら置いておいても」
「え?」
あたしは驚いた。帰れと強く言われなかった。
先輩と一緒にいてもいい?
「ヒデ、この子が稼ぎたいというなら、うちで面倒見てもいいわよ」
運びかけの料理を持ったままフーがやってくる。
耳がいいなと感心する。
「いや、そんなに長い間いることは無理だから、迷惑かけちゃう」
「そんなことないわよ? 一日でも二日でも」
どう考えても先輩をめぐっての対立だよね。
あたしは一歩も引きたくないけど、この女の下で働くとなると戦いは不利だ。しかし、先輩の好意に甘えてばかりもいられないだろう。
そんなに長い間いるわけではない、というのは事実で彼女との関係はともかく問題だと思う。
「つまり、週末のバイトをここでして、そして、異世界を楽しむ」
思わず明確につぶやいた。
「いやいやいや……ちょっと、キキさん待って」
同好会でなぜかあたしは名前で呼ばれている。まあ、先輩も英雄先輩と呼んでいるので、苗字より名前で呼ぼうという意識が強いのかもしれない。
「来るのだって帰るのだって、危険はあるんだよ?」
空間を横切るときに願っている場所に到達しないこともあるという。特に、行くほうが難しいという。
その件に関しては先輩が先にいれば目印になる。
「でも、先輩! あたし、この世界を見てみたいです」
「あーうー」
先輩は頭を抱え「だよね」と言う。
「ヒデオ様、あきらめも必要」
「ミルセンさん……」
「どう考えても彼女の意志は固い。あなたが一緒なら安全ではないのか?」
「……まあ、危険度は減りますね」
「なら、別にいいのではないか? ここの情勢は安定しているのだし」
そこは重要だ。
いつ戦闘に巻き込まれるなんて怖いところは無理だ。
町の外は別であるようだけど、昨日のことを考えると。
「分かった。フー……よろしく」
先輩が折れた。
「この子はフロロール。このマンネン亭の看板娘」
フロロールは微笑み「よろしくね」という。完全に営業スマイルであり、好きな人の前での猫かぶり。
「この子は希姫。俺の後輩」
「よろしくお願いします、フロロールさん」
あたしは恋のライバルだと認識はしたが、ここは下手に出た。恋のライバルの件は重要であるけど、まずこの世界を知ることも重要。
この世界での先輩のことはフロロールの方がよく知っている。
しかし、悲観はしない。同好会での先輩のことはあたしが良く知っている。
が、意外と敗北気味だった。
だって、この世界にいる先輩はこの宿の一室を借りている。そこで本来の世界とここの行き来をしているという。つまり、この世界にいる間、朝から晩までフロロールは先輩を知ることが可能だ。
一方、元の世界でのあたしと先輩は、学校にいる間、それも同好会の活動の時のみだ。
そんなことでへこたれはしない。
せっかく、先輩と一緒にこうして生活できるのだから。
とはいえ、隣の部屋を同じく借り出しただけだけど。
同じ屋根の下に先輩がいる。
嬉しくて仕方がなかった。
なお、寝間着や当面の生活費は先輩に寄付された。
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