第4話 初めて見るけれど初めてに感じない
自分がいた建物から出て、あたしは自然と足を止めた。
石畳の道がある町の中だった。
建物は煉瓦と木、石を使ったもの。いわゆる中世ヨーロッパの街並み。まあ、細かく言うとオーストリアやスペインで建築様式違うとか細かいこともあるかもしれない。そこまでわからないから、一言で言う、中世ヨーロッパ調だ。
「す、すごい」
ミルセンはせかさず、あたしが呆然とするままにしてくれる。
時間は夕方。空はまだ明るさを帯びているが、星が目立ってきている。
ランプの明かりが町を照らしている。歩くのには問題ないようだけど、あたしにしてみれば暗く感じる。
ミルセンに促されて歩き始めるけど、石畳の隙間に足をとられて転びそうになること何度か。このとき、逃げないように、おかしなことをしないようにということでつかまれているわけだけど、助かった。
「ここだ」
三階建ての立派な建物だ。緑の葉と青い花の絵が看板にある。植物は見たことがある気がするけど、詳しくないからなぁ……まあ、いいや。植物似たようなものがあるのかもしれない。
ミルセンは扉を開け入っていく。掴まれているあたしもそのままついて行くしかない。
「いらっしゃいませー。あ、ミルセンさん、こんばんは」
年頃はあたしと同じそうな、小柄な少女だ。茶色の髪をおさげに、頭には三角巾がある。営業スマイルかもしれないが、笑顔が素敵なかわいらしい子だ。
「ヒデオ様はいるか?」
「え、ヒデに用? 今日、来たけどすぐ、お姫様のところにいくって出て行っちゃったわ!」
怒っているようだ。
ん?
ひょっとして……。
片思いをする乙女であるあたしとしてはピンときた。この子、先輩のこと好きなんじゃないか、って。
お姫様と言った瞬間、嫉妬とあきらめが混じる声だった。
うん、そうに違いない!
彼女はちらちらをあたしを見ている。不審者ぽい上、服装的に先輩と似ているタイプだ。
先輩が制服のままなら似ているのはわかるだろうし。
「そうか……姫のところに連れて行くのはなぁ」
ミルセンは困惑している。早く仕事を片付けたいよね。
そりゃ、知らない存在を連れ回すのも面倒だし、善悪どちらに転んでも対処が決まれば楽だよね。
それに姫なんて呼ばれる人のところにあたしを連れて行くわけにはいかないだろう。
だんだん自分を卑下してきているよ、あたし。例えばミルセンの立場だったらどうだろうとか。まあ、あたしとしては、黙っている間、考えているしかできないからね。
が、しかし、あたしとしては好奇心がもたげる。
いや、だって、お姫様でしょ? 見てみたいよ、いけ好かないやつなのか、もうだめ太刀打ちできないというくらい非常にすごい人なのか……。
姫っていうイメージは両極端だね、あたしの中で。
気さくな姫様とか……庶民と同じ生活もしたことあるとか……それも「非常にすごい」に入りそうだね。
あたしが考えている間に、ミルセンとウエイトレスな彼女の会話は終わっていた。
空いている席に向かい合って座り、会話はない。
夕食と酒盛りで賑やかになる店内にポツンといるだけだ。
「まあ、アルファ様が姫のところに出向いている。ヒデオ様とは出会うはずだ」
会話がないのは辛いのはあたしだけではない。
「そうですよね……あの、えとー、ここどんな世界なんですか?」
「どんな世界と言われてもなぁ……ヒデオ様の話だとずいぶん違うというだけは知っている。だが、語ることはできない」
「秘密でも」
ミルセンはキョトンとし、それから苦笑した。
「秘密も何も違いが分からない」
「あっ」
あたしはもともとを知っているからこちらを見るとヨーロッパのようでヨーロッパじゃないと思える。もちろん、ここが異世界か明言はできていないわけだ。
「何か飲もう。腹は減っているか?」
会話してくれるし、何か吹っ切れたのかなミルセン。表情も緊張が抜けて穏やかだ。
「え? あれ? そんなに気楽にしていいの?」
「なぜだ? お前が腹減っていないというならいいが」
「……えっと、だって、あたし不審人物でしょ?」
あたしが正直に答えると、ミルセンが苦笑した。
「私にだって人を見る目はある。屋敷からここまでずっといるわけだ。これでお前がよほどの極悪人だというなら、私の目が悪かったとあきらめるしかない、お前を斬って」
物騒なことを言うが、信用はされたと知って嬉しかった。
「ありがとう」
思わす言葉がこぼれた。
「いや、さて、何を食べる? 酒はなしだが……」
「それは勿論」
「ヒデオ様も飲まないというし。そちらの世界では酒は禁止の物体なのか?」
彼女として質問したくてできなかったことなのだろうか。先輩の名前に敬称が付いているから、距離があるのかな。
「ううん、違うよ。大人になったら飲んでいいって」
「大人は何歳だ」
「二十」
「長生きするからか?」
「……かもしれません」
違うかもしれないけれど、あたしはここの世界を知らない。
とはいえ、日本も十代前半で大人になっていたんだし。
そう考えると寿命の長さも成人の年齢も影響しているのかもしれない。
でも、年齢引き下げるとかいろいろあったよね……。
「子供が飲めるようなのでいいや」
「なんだそれは」
「いや、ここの飲み物とかわからないし、子どもが食べられるなら、食べられるような気がした」
甘すぎるということも世の中はあるけどね。
「分かった、私の感覚で選ぶぞ。フー、注文頼む」
先ほどの少女がやってきた。
「カミンのジュースとワイン、パンとシチューを」
「かしこまりました」
フーと呼ばれた彼女はあたしの方を笑った。あまりいい感情の笑いではない。
あれか「お酒も飲めないお子様ね」ということか?
腹が立つけれど怒りようもなかった。口にしたわけではなく、あくまで想像だしね。
あ、下戸の人が「酒が飲めなくて何が悪い」と言っていたけど、こんな気持ちかな?
ふと、どっかで見た言葉が頭をかすめたよ。
しばらくすると料理を持ってきた。その場で彼女にミルセンは料金を払う。
「ごゆっくり」
彼女は笑顔で立ち去る。
「さて、食べようか」
「い、いただきます」
あたしはスプーンをとり、シチューを食べ始める。見た目も味も、野菜煮込みであり、陳腐だけれど優しい味ってやつだ。
野菜の味とほのかな肉の味というか。
「おいしい」
「良かった」
「パンも……」
二切れあるため一つもらう。そして口に頬張る。
特に可も不可もない。
「ジュース……うん、なんか知っている味みたい」
「そうか。果実を絞るだけだからな。似たような果実があれば同じような味だろう」
ミルセンは自分の食事をとり始めた。
黙々と食べるのみ。
空腹を感じていなかったが、食事をすると気分も落ち着いてきたことで「空腹だった」という認識が強くなる。
目の前にいるのはかっこいい男性ではなく女性。年齢はあたしより若干上だろうね。
顔が男っぽいというわけでもない。女性のふくよかさもあるのに、形容詞は「かっこいい」だよ。
「どうした?」
ミルセンが心配そうに聞いてきた。
あたし凝視してた、そこまで。
「あ、いや、その……おいしくって」
「それは良かった。口が合わないのが一番困るからな」
ミルセンはにこりとした。
これは思わず赤面しそうだよ!
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