第3話 再び扉は開かれた?
あの事件から一週間経ち、再び土曜日が来て、絶好のTRPG日和だ。
うちの高校は土曜日半ドン……半ドンってうちでは言うけど世間では通用しないらしい……がうちの学校は通用する……のよね。たぶん、先生が言う、先輩が言う、新入生が覚えるから。
週休二日ではなく、土曜日も午前授業あるのだ。
授業時間確保で平日遅くまで授業やるか、土曜日やるかという選択の結果、土曜日の午前中までという流れになったらしい。プラス予備校という時間帯が最後の時間とか言っていたから、土曜日の午前授業のままらしい。
平日帰る時間も比較的きっちりしていて、短期集中訓練な部活だね。
それでも音楽系の部活や運動部、地区代表になったりするところもあるっていうからすごいよ。
休日も出てきてはいるらしいけれど……意外と「ブラック部活」って噂聞かない。各先生も趣味でやっているらしいから。
うちの学校の状況を無駄に語るところだった。
で、結局土曜日出るの面倒と思っていたけど、路線によるけど電車すいているし、午後は遊びに行けばいいと考えると、意外と充実しているんだよね。
そんなわけで、帰宅部の友達はどこに寄り道するかという話をしている。あたしは同好会がない時は一緒に行く。
今日は先輩も来るはずだし、先輩と話したいし、先輩を見たいし、絶対に行く。
「あんたが来ないことはわかってる」
一応あたしは迷って断るが、きっぱりと友人たち。
「まあ、オタクの集団には変わりないけど、英雄先輩がカッコいいのは認める」
「副会長が水泳部のエースに引き抜かれるという噂があったのも信じる」
「なんか、意外とエリート集団の部分があるんだよね」
「一部だけどね」
不思議とあのTRPG同好会、いろんな人がいるんだよね。あたしはただの町娘……ではなく女子高生だけど。
とはいえ、得体のしれないTRPGに対しては興味を持たない友人たち。
「進展があったらよろしく」
何の進展だと思うが、まあそれはそれ。
「さて、帰ろう」
「昇降口まで一緒?」
あたしも下りる。
昼ご飯を一緒に取ることもあるけれど、今日は、いち早く先輩に会いたいため別れた。
先輩に会うため、とはいえ、早すぎて誰もいない場合、一人で待つのは嫌だと思った。
部室の前に立って暫く悩む。
そういえば、同好会なのに部室なのか。
なんとなくくだらないことを考える。そうして時間をつぶしていれば誰か来るかもしれないから。
――え、それは大変だね。
扉越しに先輩の声がした。
ああ、さわやかで素敵。低く心地よい。
誰かと会話しているような言葉だった。電話でもしているのだろうか?
それとも今日はGMが先輩で、そのシナリオのセリフを考えている最中だったとか?
いやいや、先輩は思い付きでもパッパと作っちゃうんだぞ! そうなんだぞ!
現実逃避気味にかわいく心の中で言ったところでかわらない。
――今すぐ行くよ。
出てくるのかと思って待っていた。立ち聞きしてしまった罪悪感もあり、入るのをためらった。
今すぐ行くといっていたが、彼は出てこない。
窓から出て行ったのだろうか。
「ここ、二階!」
自分にツッコミを入れ、あたしは普通に開けた。
「失礼します……せ……ん? あれ?」
誰もいない。
「……おかしい。まさか……先輩!」
人が入れるところいえばロッカー。ロッカーにはTRPG用品が入っているだけであるが、スペースがあるため人間も隠れようとすれば隠れられる。
「失礼します!」
と断ってから、勢いよくロッカーの扉を開けたのだ。
中には何もなかった。
何もないわけがないのに、何もなかった。
ロッカーの中には棚板とルールブックやダイス入れなどがあるはずなのに、何もないのだ。
真っ黒なの。
黒い空間がうごめいている。うごめいているが、池に石を投げてできた波紋が徐々に収まるように、そのうごめきも減っていく。
気持ち悪いのに、なぜか、あたしは触ってしまった。
あ、そういえば、昨日、変な夢見たときもロッカーの中黒かったかもしれない。
なぜか忘れていた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ」
あたしは悲鳴を上げた。そもそも「きゃあ」なんて声をあげられるのって、余裕があるか、本当のお嬢様だと思う。「きゃあ」って言えたら女子として百点満点だと思うんだ、それだけで。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
暫く真っ暗で視界が何もない状態で、強風の中もみくちゃにされたような感覚だった。
不意に明るくなった。
以前のようにいきなりピンチかと身構えた。
いや、何もない。
何もないが……いや、あるんだよ。洋館にあるような広い浴室ぽい。そこに、猫足バススタブがあり、その中にはつかる、金髪のイケメンがいる。
「……」
「……」
呆然とした表情であたしを見ている。あたしだって呆然として思わず見てしまった。
動くが止まる、互いに。
あれ、これはこれでピンチのような気がする。じわじわ思考が戻ってきたよ!
はっとしてあたしが逃げ出すより、イケメンがザバーと立ち上がるのが先だった。
「何者だ!」
「ふ、ふひぇええええええ」
あたしは見てはいけないものを見て思わず悲鳴を上げる。いや、え、見ていいの? 全く隠すつもりはないようだよ!
揺れるんだ! あい、いや、ほら彫像だとついているよね? あ、あれ、やっぱり、おっ……。
違う、逃げないといけない!
とパニックになっている間に捕まった。
「痛い痛い」
「曲者め、どこから入ってきたんだ」
「そこ、さっき立っていたところ!」
「何を奇妙なことを言っている!」
つかんだ腕をひねり上げてきた。
「いたたたたたたた、本当、本当だってば! あたし、何もできないから、放して」
「放せるものか!」
騒ぎを聞きつけた人が来たらしく、ドアが開き、にぎやかになる。
「アル様、何事ですか」
「この不届きものは」
女性と男性の声であり、勇ましいという雰囲気。
「分からない。寸鉄帯びてはいないためスパイであったとしても、それ以上ではないだろう。いや、これがおとりで――」
アル様と呼ばれた金髪の青年から、あたしの腕は女性に渡された。少し、ほっとした。
つかまれている状態は変わらないけれど、女性というとなんとなく安心する。それに、全裸じゃないし。
「……ん? この格好……アル様……まさかと思いますがヒデオさまと同じところの人では?」
服を着ている最中のアル様は、女性の騎士ぽい人に言われ、あたしを見る。
「確かに……」
「英雄? 先輩がいるの? あ、あたしね、先輩がいると思って部屋に入って、誰もいなくて、ロッカー開けたら、真っ暗でここにいたの」
「全く要領を得ん」
「仕方がないじゃない! 嘘どころか、本当のことだもの。大体、ここがどこで、どうしてあんたみたいな……ん? あれ? 先週、助けたくれた人?」
ちらりとしか見なかったため明確ではないが、声は似ている気がした。
「ん? 助けた? いや、私は先週? どの話だ」
そもそも、騎士ぽいし人を助けて当たり前かな。でも、実際の騎士ってそういうものでもなかったんだっけ? あれ?
「信用するのもおかしいでしょう……」
男の騎士が告げる。
「まあ、それはそうだな。インビジブルの魔法で入り込んでいたかもしれないしな」
「魔法感知が反応しないほど上等のものとなりますけどね」
「なら、元から潜んでいたのか?」
「メードか何かの服を用意するのはないでしょうか? 目立ちますよ、ヒデオさまと同じような服を用意すると」
主従だと思うのだけど、会話が小気味よく、掛け合いのようだった。
思わず聞いていると、笑いそうになる。
捕まっているから下手な行動はできないけど。
この人たちに危害を与える気がないのは一番あたしが良く知っている。だから、おとなしくしていた。
抵抗していなければ掴んでいる人の手も力は入らない。きっとあたしが知らない独特の持ち方で、ちょっとでも変なことをしたら力が入るんだろうな。
「ヒデオに確認をとればいいだろう」
あたしがぼんやり待っている間に話はまとまったようだ。
「ミルセン、そのままマンネン亭まで連れて行ってくれ」
「はい」
「え、掴んだまま?」
女性が返事し、あたしは少し嫌だと返事してしまった。
「別に、腕をつかんでいるだけだ」
きっぱりとミルセンは言う。気を悪くした様子はない?
「カリオは当初の予定通りだ」
「は」
ミルセンとともにあたしは先輩がいるはずの場所に向かった。
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