第2話 現実世界へようこそ?
「おい、大丈夫か」
「こんなところで寝てるなよ」
先輩たちが覗き込んでいる。
「うぎゃああ」
「なんちゅう声出すんだ!」
「あ、すみません」
会長や副会長たちを驚かせたことは事実。そして、あたしも驚いたことも事実。悲鳴一つで文句言われても反論する余裕はなかった。
あたしの大好きな先輩以外は、ずんぐりむっくりだったり、ひょろながだったり、中肉中背だったり……まあ、いわゆる普通の男子高校生なわけ。
なんの部活かを言っていなかったね。
TRPG同好会!
いやー、まあ、オタクの巣窟と言われている面もあるのは否定しない。
先輩がいなかったら、あたしも隠れオタクで三年間過ごしたかもしれない。
でも、あの先輩がいたから……。
「それより、なんでこんなところで寝てたんだ?」
至極当然の質問を会長がしてきた。会長は選ばれるだけあり、TRPGは普通に好きで、気配りがうまい。
だから、あたしは冷静になり、状況を考える。考えたところでまとまることでもないね……あれは。
「え? あ、そうです、ロッカー開けて掃除していたら、突然、屋外にいて!」
「屋外?」
会長たち、周囲を見る。ここは屋内だと確認するように。そして、ロッカーを野中見て、何の変哲もないと確認する。
「それで、オークとかホブゴブかなっていう変な生き物に……」
「大丈夫か? 保健室行ってきた方がいいんじゃないか?」
「……そ、そうなるのか!」
あたしの言葉に会長たちは「なる」と声をそろえた。
あたしは自分の手を見た。そして、手首を見た。
手首には何かにつかまれた痕がある。
「……ちょ、こ、これえええ」
強い力で握られた痕だ。下手すると内出血があって、しばらく残る可能性もある。
「俺たち掴んでいないぞ」
会長たちはうなずく。
「そもそも、あわないはずです」
一番大きそうな先輩の手を合わせる。
「……わからないな」
「うん、わからないです」
ただの打ち身と言えば打ち身で手形があるわけではない。
「変な夢を見たにせよ、保健室行って冷やしてもらっておいで」
会長は建設的だ。突然眠気が襲って、あたしが倒れたときに、しこたま打った可能性だって否定できない。
器用だけどね。
あたしが立ちあがると、部室の中には土が転っているのがはっきりとわかる。
「それにしてもなんで上履きで外に出たんだ」
副会長が指摘する。
あたしの全身から血の気が引いた。
変な夢を見たり、打ち身も掴まれたのではなく、ロッカーで頭を打ったか何かで倒れる際に打ったためにこうなったとも考えられる。
しかし、靴の裏の土は何だろう。
「……そ、掃除しますね」
あたしの声は震えている。自分でもわかるほどだ。
「うん、いいよ。保健室に行っておいで」
「で、でも」
「独りだと不安なら、僕も行くよ……まあ、英雄じゃなくて悪いけど」
「その上、弱いよな」
副会長や先輩たちの笑い声が響く。あたしもつられて笑った。
この人たちはいい人だ。
心がほぐれて、恐怖は薄れる。薄れるだけで「本当に大丈夫」と認識できない限り、怖いままだろうけどね……。
保健室に行くがてら、違うことを考えてみよう。誰かに向かってしゃべるといいかもしれないと思っちゃうわけで。
誰かって誰だろう。
さて、オタクでキモイっていうのも今昔とも、現在進行形だともいう。
ただ、実際、そこにいると違うと分かる。結局、オタクだろうがそれ以外だろうが、人間性の問題なのよ。
なお、このTRPG同好会の鉄の掟がある。
外部の人とも交流することもあり、女性へのすそ野も増やしたいという初代会長の願いとともに作られた掟。
――まず、清潔たれ!
制服でも私服でもTPOを守り、きちんと洗濯やクリーニングをすること。あと、風呂にも入って、爪を切り、歯も磨くなどなど。
――会話は節度を持って!
好きなことは相手がいないと話せない。ネットが発達しても、実際会って話すのは違うよね。
機関銃のように相手の反応も待たずに話すなという。会話はキャッチボールだと。
あと、セッションの後の感想を電車とか飲食店で大声でいわないとか……。まあ、内容によるだろうけれど……次のような会話は気を付けろと。
「あそこで、あいつが死んでくれれば!」
「あと一撃だったのな」
「弾切れだし……」
「そういえばアサルトライフルの――」
「バッソ云々」
ゲームとかの会話だと分かればいいんだろうけれど、切り取って犯罪者集団みたいと通りすがりに思われるのも嫌だよね。
確かにスーツ姿の男性がまじめな顔で「毒ガスが」「抵抗が」「殺せれば」とか話しているって図を想像したら怖いよね。
TRPGは興味があったし、同好会の人たちが変人はいても常識は持っていたし、何よりかっこいい先輩がいたからこそ入った。
友達に誇れないなら入らないよ。
入ってくれる人はいなかったので、現在一人だけど女子。すでに卒業した年に二人いたって話。
あー、先輩がいてくれれば怖いのもあっという間に忘れちゃうのに!
素敵な女子先輩いてもいいなぁ……まあ、お姉さま、なんて呼べる人なんていないだろうけれど。
さて、保健室にはついた。
結局、何があったかわからなかったけれど、会長たちは優しかった。
不安に押しつぶされるあたしだったが、様子を見ようという気になった。
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