5

 敬太君が眠ると、ほどなく成子が目を開いた。

「ごめんね」

 か細い声だった。僕は、首を横に振る。

「こんなことなかったから、敬太が慌てちゃって。寝てれば、治ると思うんだけど」

「ひどい熱だよ。明日、医者に行こう」

「明日は仕事が……」

「無理だよ」

 付き合っているときも成子はすでに働いていて、体調が悪くても休もうとはしなかった。彼女は頑張れるだけ頑張ろうとする。そんなところも好きだった。

「……ありがとう」

「とりあえず、寝よう」

 しばらくして、成子は再び眠りについた。僕は、寝室を出た。

 リビングには布団が敷かれており、敬太君が寝ている。風邪が移るといけないと思い、そうさせたのだ。

 この家には寝室とリビングしかない。僕は敬太君を起こさないように、部屋の隅にある椅子に静かに腰掛けた。この家には何度か来ているけれど、いまだに少し居心地が悪い。ここは、家族のいる場所だからだ。成子と僕、敬太君と僕の関係は、普通に消化できる。けれども、三人一緒にいる状況はやっぱり変だ。本来ここにいるべきなのは、夫であり、父である男なのである。

 それでも敬太君は、僕に電話をかけてきた。遠くの親戚より、とはよく言ったものだ。敬太君は一切父親の話をしない。僕に気を遣ってとか、そんな風ではない。わざわざ話題にあげる対象ではないのだろう。

 このままでは、色々なことがうやむやになってしまいそうだ。僕は優しいのではなく、ただ臆病なだけで、許してしまう。あの時追いかけなかったのも、ただ僕が情けなかったせいだ。今も、流されるままにこうしている。昔好きだった人の役に立てれば、そりゃ嬉しいに決まっている。けれども、彼女は人妻だ。お互いに守るべき節度というものがあるはずで、お互いにそのことを考えないようにしている。

 そういえば、彼女と再会するきっかけも、塚原さんが熱を出したからだった。風邪の神様が、僕に悪戯をしているのかもしれない。

 彼女が元気になった時、一つ、嫌な話をしなければならないだろう。たくさんのものから逃げ続けてきた人生だから、ちょっとぐらいちゃんとけじめをつけないといけない。


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